「宇宙船地球号」というタイトルそのものが魅力的だ。宇宙飛行士になりたい子供に「そんな必要はない、君自身が宇宙飛行士なのだから」という、どこかの解説が頭にこびる付いていた。そんなフレーズはどこだろうと探してみると。
たぶん『私はよく、「宇宙船に乗ったらどんなだろう」と言うのを耳にする。しかし、答えはいとも簡単。「今、どんな感じだい?」だ。みんな経験しているじゃないか。私たちはみんな、宇宙飛行士なのだ。』(p045-046)であろうか。
そして、すぐ前のフレーズで「私は宇宙の進化を重視して、私たちのうぬぼれや近視眼や偏見や、そして無知一般から、自分たちを解き放つことが極めて重要だと考えている。」と、なぜ宇宙船地球号の宇宙飛行士と考えることが重要であるかを説明している。
そう、包括的・全体的・総合的思考が、この本の底流の思想ではないかと思う。
上のフレーズの前段では「いまや人間は、専門家としては、コンピューターにそっくり取って代わられようとしている。人間は生来の「包括的な能力」を復旧し、活用し、楽しむように求めれれているのだ。「宇宙船地球号」と宇宙の全体性に対処することが、私たちのすべての課題になるだろう。」(p043)とか、
上のフレーズの次章では「建築家とか計画家、とりわけ計画家は、専門家と位置づけれれてはいるものの、ほかの職能より多少は広い視野をもつ。・・・・だから、計画家の役割を引き受けて、できるだけ大きく、包括的な思考をはじめるのが、私たちにはふさわしいのである」(p050)など、
建築家・計画家への包括的思考のアジテーションが仕込まれているのである。
フラーの包括的思考の結果、「宇宙船地球号」のエネルギーの考察は、きわめて先見的だ。
p091では「太陽から貯める何十億年もかかった化石燃料を燃やして、そのエネルギー貯金だけに頼って生きるのか、あるいは地球の原子を燃やして私たちの資本を食いつぶして生きるのか、どちらにしても・・・無知、そして完全に無責任というものだ。」とある。前段は地球温暖化の問題、後段は福島原発事故の予言?
さらに宇宙船地球号のエネルギーに関してして、「太陽からの放射や月の引力が生みだす潮汐、風、降雨といった脈を打って生みだされるエネルギー(が)・・この「宇宙船地球号」の上に準備されてきたものだ」(p128)として、自然エネルギーの利用を前提としたうえで、
「私たちが原子炉からのエネルギーにもっぱら頼りん、自分たちの宇宙船の本体や装備を燃やしてしまう愚さえ犯さなければ、「宇宙船地球号」に乗った全人類の乗客が、お互いに干渉し合うこともなく、他人を犠牲にして誰かが利益を得たりすることもなく、この船全体を満喫することは十分現実可能なことだとわかっている。」(p128)としている。
福島原発事故で、宇宙船の日本部品の一部を焦がし、その後のエネルギー議論をかんがえると、フラーの予言はまさしく的中とも考えられまいか。
フラーの包括的思考は、経済的視点、富と価値にまで及ぶ。
実は私も、建築の設計で、その価値、もしくは何を要求されているのかを考えると、経済的視点、経済システムになかでの建築の立場にも興味を覚え、経済本も素人ながらチョコチョコかじっているのであるが、フラーがここでしっかりしているのには、合点がいった。
「私たちの経済会計システムは非現実的にも富を物質としてしか考えていないし、ノウハウは給与としてしか記帳されない。だから富の本質に関して、ここで私たちがお互いに発見しつつある全てのことは、共産主義でも詩品主義でも、社会にとってまったくの驚きなのだ。
・・・反エントロピーとしての富はシナジーを通して福利を生むが、そんな成長はこの地球上のどんな政治経済システムであれ、いまだまったく勘定にいらられていない。
・・・小額の特許権使用料は例外になるが、通常そんなものは無視される。発明の価値とか、ある製品が他の製品を補って、そのチームワークが膨大な利益をもたらすというような、そんな製品のシナジー的価値とかはまったく評価されない。」(p099-100)
このような富と経済に関する主張は、ここだけではない。この本全体にちりばめられ、「建築家・計画家への包括的思考のアジテーション」の主張の底流ともう一筋の底流をなしているとも見える。
確かに共産主義で言えば労働価値説が、思考・アイディアの価値を認めず、労働時間にのみ労働の価値を置いたことが、そもそもの失敗の原因であろうし、一方、資本主義では、限界効用論が思考・アイディアの価値を、価格(価値)へと変換できるという前提ではあろうが、実際は、生産の上流での思考・アイディアの価値は、フラーの主張の通りほんのわずかであり、製品・物となった時点で、初めてその物に近くに関わった人に集中的に利益が配分されているのが、いまの世界経済ではなかろうか。
「設計」とは、その生産の上流での思考・アイディアの価値であり、その価値の評価が惨憺たる現状が、私のフラーの富と価値への主張のシンパシーを感じる理由なのだと思う(凡人は、やはり下世話なのですが・・)。しかし、フラーは、さらに、思考・アイディアが、システム化され互いに組み込まれることにより、福利的に価値・富は増大し、「宇宙船地球号」を救う富となるのだと・・
しかし社会が専門家・高度化が進む現在、フラーは、どのような領域を網羅し、総合てき思考をしたのか。
第6章シナジーの冒頭「では、トポロジー、ジオデシックス、シナジェティクス、一般システム理論、そしてコンピューターが使うピッティといった強力な思考道具を使って、現在の世界が抱える問題を取り組んでいくことにしよう。」(p077)
何のことややら、さっぱりわからない。
巻末の注釈では、フラーの著書『ユートピアか、忘却か』(1969)にあげてある、デザイン・サイエンスのカリキュラム案の11項目、1972年公表の「デザイン・サイエンス・インスティチュート設立計画案」研究対象の6分野があげられていて、・・到底無理なのは目に見えている。
それならば、「建築家とか計画家」は、専門家に徹し、全ては、共同作業のひとりとして徹し、結果の全ては現在の市場原理のお任せすれば良いのであろうか。
それでもフラーは最後まで主張する。
「世界で対立する政治家たちやイデオロギー・ドグマの袋小路が増えつつある今、一体どうやってこれを解決したらいいのか、・・・それはコンピューターによって解決される。」(p138)
「そう、だからイニシアティブをとるのは計画家であり、建築家であり、技術者なのだ。仕事に取り掛かって欲しい。とりわけ共同作業して、互いに抑制し合ったり、他人の犠牲で徳を得ようのどとはしないで欲しい。そんな偏った成功は、ますます先の短いものになるだろう。」
政治までもコンピューターが解決するとでも言うのか!でも待て、インターネットによるアフリカの革命の動きなどは、あながち、間違ってたとでもいえないのではあるまいか。
このところ建築家・計画家は、どうも専門家になりすぎているのではなかろうか。1960-70年代には、都市を語っていた建築家は、そこから総員撤去。代わって訪れたポストモダンの潮流は、歴史的形体を引用した形態操作と内向きの、思考形式となってしまった。その上、計画すること自体が罪悪というべきものとなり、建築家は、計画自体も、他者に全てをゆだねる事態となったように思える。他者とは、民意や顧客満足(カスタマー・サティスファクション)であり、背後に隠れた計画専門集団である。
ポストモダン以降も、デコンストラスションのムーブメントなど、いくつかのムーブメントがあり、現在に至っていると思う。しかし、そのポストモダンのコラージュ手法自体は変わらず、形体操作の対象が、歴史的建造物から、もっと身近な近代建築・現代建築・この直近の建築へと移行しとだけで、形態操作によると内向きの自己満足的・日和見的思考形式は、変わっていないのではないかと思う。
しかし、コンピュータが目覚しく発達し、PC内で作成される仮想現実のプロジェクトが、自由にかつ、よりリアルに表現され、様々なツールが提供されつつある今、建築は変わろうとしているのではないかと思う。
とりわけここに及び、海外の建築家の設計した建築形態・アニメーション・cgを見ていると、コンピューターのモデルによる可能性がどんどん開けているように思える。
今、「建築家とか計画家」は、アイディアを、コンピューターを駆使して、総合的に再構築し、提案するという、本来の「建築家とか計画家」の職能を、再び発揮するときではなかろうかと思う。
そこには、また、さらに上を行こうとする超専門化集団の壁が立ち並んでいるであろうが、生来の「包括的な能力」を復旧し「建築家とか計画家」は、立ち向かうべき時と思うのである。
追記
薄い本であるし、もっと簡単に書こうと思ったがつい長くなってしまった。
「宇宙船地球号操縦マニュアル」というタイトル自体が、子供にも受けそうな、魅力的なタイトルだ。中学生の塾の推薦本にも取り上げられていたりして。とりわけ男の子なら言葉自体にわくわくします。
読んでみると、内容は深い。っていうか、いろんな切り口から読むことが出来るのではないかと思うのです。
フラーの本は「テトラスクロール」しか読んでいないので、まったくえらそうなことはいえませんが、・・フラーの視点があまりにも広いので、この本について、書こうとしたら、まったく悩んでしまった。
で、もう一度、読み直して、今の僕の視点で、切り込んで書いてみました。いろんな視点から、切り込んで読める本ではないかと思います。
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