2015年1月12日月曜日

学問のすすめ 現代語訳

今まで読んだことなくて。だって、小学校か、中学校の歴史で、福沢諭吉の「学問のすすめ」ってでて来て、もうそこで終りでした。
何でなんだろう。
理由1、教科書に出て来る古い本で終わっちゃう。理由2、「学問のすすめ」っていうタイトル自体に、嫌悪感。親から「勉強しろ!」って、言われてるみたいじゃないですか。・・そう、今、僕が子供に言ってますが。ここに、書いて思った!これやっぱり逆効果?・・理由3、なぜか教科書に「学問のすすめ」って書いてあっただけで、全部わかった感じがしてしまう。
こんな、理由でしょうか。
ところで、新聞の書評で、「特に後段は現代のビジネスにも通じる」と強く勧めていた。さらに、現代語訳でわかりやすいと・・。
で、いつものBOOK OFF購入。

読んで、確かに・・その指摘「頭痛ー!」痛いとこを突かれてばっか。

自らに反省のために、そこをメモると。
いきなり、冒頭から、
『・・・およそ心を働かせてする仕事は難しく、・・・だから、医者・学者・政府の役人、大きい商売をする町人、たくさんの使用人を使う・・農家などは、地位が重く、重要な人といえる。
・・・しかし、そのもとを見ていくと、ただその人に学問の力があるかないかによって、そうした違いができただけであり・・』p10
を言われ、ガツーン!これ「天は人の上に・・」の解説なのだが、前段に、社会の原理・構造をついているとこがすごいと思う。人の心にあまり興味がなかった、いや、今もその傾向にあり。最近「人の心」の重要さがようやくひしひしわかりだした僕にとってはガツーン!なのです。
さらに、そのもとが学問「の力」ってのがいいなー。学問だけだと、頭の良し悪しの尽きる感じだけど、「の力」って、広がりがあって、救われそう。

もっと、加えると、
「この事業は、国内の仲間と争うものではない。その知恵で争う、相手は外国人なのである」p134
・・・いきなり、国際化宣言。英語が苦手の僕としては、ガツーン!
「生計を立てるのが困難である、とは言っても、・・・早く金を稼いで小さなところで満足するよりも、苦労して倹約し、大成するときを待ったほうがよいのだ。」p137
・・・とはあるが、全体の印象としては、金儲けに肯定的で、現在の新自由主義的匂いも強い。そんな対極を、あっけらかんとした態度で、現実として受け止めているとこに、ガツーン!
他にも
「人生最大のわざわいは怨望」p171
・・・人には言えないけど、結構、ねたむ心があるんだよね。
「事業の成否・損得について、自分の心の中でプラスマイナスの差し引き計算をしてみることである」p180
・・・痛っ!決算書恐怖症!
「ひとところに偏らず、多方面で人と接することである」p229
・・・最近、内に入りすぎていた感が!

と、こんなところ。
拾ってみると、こららは、親切にも太字でまとめられていました。これは、原書も太字かな?それとも訳者斉藤先生の技?

やっぱ、慶応義塾大学の原点がここにあるのかもしれませんねー。どうでしょう。

ということで、若いときに読んでいたら、俺の人生も変わってた?なんて、思いました。
とりあえず、まだ、目標が見えきれず、いまひとつ受験勉強に身の入らない、高校生の息子に、薦めてみようかなって思います。
それと、座右において、たまに読み返して見ようかなー。

    

2015年1月7日水曜日

坂の上の雲

NHKのドラマの影響で読みました。
秋山好古、秋山真之の兄弟と正岡子規のお話的感じでしたが、呼んでみると雰囲気はまったく違っていた。

これは、上の3人の話ではなくて、日露戦争のお話ではないですか。
満州での戦争の陣地見取り図や、日本海海戦の船の動きの見取り図が、詳細に掲載されているし、これは完全に日露戦争の司馬風分析ですよ。
これだけ調べ上げられていれば、分析というより、日露戦争記録だと思うよ。

薄っぺらな日本の戦車に載せられた、なぜこんな太平洋戦争になったんだ!という執念を感じるよ。結局その原点は、日露戦争の頃から、生まれ、変容した結果なのだという、ことなんだろうね。

「大正と昭和はじめ生まれの両親は、「徐州 徐州と人馬は進む・・」という歌にあるように昔の人は苦労して結局死んでしまったとか、寒い冬に朝起きれないと「満州の兵隊さんを思え!」って、子供の頃冗談交じりに言われていた。

けど、この本を読むと、旅順攻撃では、投入される連隊・連隊が、次々と全滅し、それでも何の工夫も無く最強とされる確か北海道・秋田連隊も全滅だ。兵隊さんも単なる駒の一つとして、累々と重なる屍となるのが戦争なんだって、改めて考え直したよ。
「徐州 徐州と人馬は進む・・」の歌は、調べてみると「麦と兵隊」でした。軍歌にしては、悲しさを引きずる旋律で、Wiki を調べたら
『「ああ生きていた 生きていた 生きていましたお母さん・・・」という歌い出しの文句を書いた。ところが、軍当局から「軍人精神は生きることが目的ではない。天皇陛下のために死ぬことが目的だ」と大目玉を食らい、そこで、「徐州 徐州と人馬は進む・・・」という現行の歌詞に書き直した。』
ってあるから、「天皇陛下のために死ぬことが目的だ」って言うのが戦争って言うのを、両親は思っていたんだろうなって、思ったりもした。

「満州の兵隊さんを思え!」ってのも、満州の真冬の行軍なんかを読むと、明治の人は忍耐力・体力が桁違いだと思っちまうよ。これは、ポジティブに見習うべきことかもね。

と言うことで、教科書で日露戦争を習ったぐらいで、よく知らなかったけど、これを読むと、わかった感じがした。
近代から今の「日本のかたち」も、これが原点だったんだなって、納得しちゃいました。成功の原点でもあったし、失敗の原点でもあった。

ここで、司馬の人物評価で、案外だったのが、乃木希典。軍事的には「超ダメ人間」じゃないですか。
もう一人気になった人物評価が、日本で最強の大将と言ったら、源義経だって。
気になってしまって「殉死」と「義経」読むハメに。
    

2014年12月22日月曜日

僕はこんな本を読んできた

こうゆう読書家と、同じ本を読もうとしたとて、無理なこと!
わかってはいるが、若い頃、友人の本棚を見て、「こいつ、こんな本読んでるのか!・・こんなこと考えてるの?」って思ったように、覗き見したくなった。
ま、膨大な本の量なので、本の紹介というよりは、読書術だよね。
えっと、思ったのは、古典的な本は読まない!って。
本っていうのは、新しいものに価値があるし、新しい評価の確定していないものに、新たな価値が生み出せるって感じ、みたいだよ。
ゲテモノの怪しいものもあるけれど、なんのその、自ら興味あることは、読みまくれ!ってことらしい。
そうですか・・。
私は、正反対でした。書評とか見て、無駄のないように読んでるつもりですから、・・それって、「読んでるつもり」読書かもね。
立花氏は、古典的な本は、高校生ぐらいまでに、ほとんど読んでしまって、その先の話のようですよ。
もう一つ、気になったのは、本の大量纏め買い!
読もうとするテーマが決まれば、みかん箱、数箱だそうで・・本の知識を、本業としてる人は、お金のかけ方も違いまっせ。。
こっちは、細々「Book Off」。
ちょっと反省の、僕の読書ですが・・能力も違うしね・・ま、本業にもっと、労力と金をかけろ!ってことですかね。
2014.1.3読了
そういえば、正月に読んだんだっけ?

    

2014年11月6日木曜日

滅びゆく国家

2014年の正月に読了。
折りしも安部政権は、東京オリンピックも決めて、経済政策を中心に絶好調のようですが・・・
しかし、特定機密保護法、靖国参拝と、「美しい日本」「戦後レジームの脱却」をしまっていた安部ちゃんの本音が・・って感じじゃないかな?

で、ちょうど「靖国論・憲法論」ってあったから、読んでみようかなと。

結論から言うと、著者の立場は、
1.憲法は改正すべきでなく、解釈改憲を是。
2.靖国問題は、国立追悼施設以外に解決の道なし
の立場だ。

読んでると、納得でくるものでしたよ。
僕が、なるほどと思ったのを幾つかあげると、

憲法論では、憲法といっても、大陸法と欧米法あって、大陸法は細かくガッツリ決めている法律、欧米法はアバウトで判例・解釈によって詳細が決められるもの。
よく何回も改憲してるといわれるドイツ憲法や大日本帝国憲法は、大陸法。今の日本国憲法は欧米法の色合いが濃いらしい。
なので、いまや世界の基準となっている9条を含め改憲はせず、解釈と運用によってすっきりするってこと。

A級戦犯問題でも、東京裁判は無効だ!なんて言ってる人がいるけど、それを言い始めたら世界の秩序がむちゃくちゃなるってこと。
もう時間もたって昔決め手ことなんて関係ないって、ちゃぶ台をひっくり返しているみたいでしょ。
戦後、サンフランシスコ条約に調印して、国際社会に復帰できたのも、東京裁判を受け入れるって条件で成り立ってる話。
国際社会の約束事も、一つ一つ約束を積み重ねて、論理的・理性的に組み立てれれているってことだ。
中国・ロシアが「日本が敗戦国だ」ってのも、好意的にとれば、「いままでの約束」は、どうしたんですか?ってことだろう。

なので、A級戦犯が靖国神社に祭られているってことは、論外。ってことだろ。アメリカだって、サンフランシスコ条約ってなんだったんだ!って思うよ。
A級戦犯の人個人が、そりゃ、悪い人では、ないと思うよ。国家のトップとして優秀な人たちだった感じがする。
ただ、国として、誰が責任を負うのか?その点、ドイツははっきりしている。ヒトラー・ナチス。
日本は、だれ?

何せ、靖国参拝反対は、あの、ナベツネ(渡辺恒夫 読売新聞主筆)もだからね。今年の新年のテレビ番組でも中曽根元首相と出て、そこだけは阿部ちゃんに釘さしていたよ。

それと、中国についても、もっと理解しなきゃいかんというのがあって、
中国、今の共産党体制は、そもそもその共産党発生母体自体が、排日学生運動であったこと。
日中戦争の期間はむちゃくちゃ長い。「アメリカ相手の戦争は、足かけ1年でしかなかったが、中国相手の戦争は、満州事変から数えると、14年」
南京虐殺も、一番少ない推定で数千人。旧陸軍将校の南京戦参加者の証言推定で3万2千人。中国の言い分30万人。ってことで、人数は差し置き、大量虐殺の事実はあったのだ。
最後に戦争犠牲者。日本300万人。中国1千万人(60年代日本が一般的に認めた数、中国の主張は3千万人)。

ってことで、中国の日本観も、当たり前って言えば、当たり前かもしれない。

中国には、随分肩を持ったようだが、これが現実なのだ。
憲法・靖国論も、今の世論からは、随分、右寄りに見えるが・・これが理性的回答ではなかろうか。
改憲・靖国参拝賛成論者は、一度これを読んで、反論してほしいなー。

じゃ、日本は中国にどうすればいいの?・・穏便に、穏便に、ですかね。。少なくとも建前は。。どうでしょ。

・・で、最近、集団的自衛権を憲法解釈で行使する・・というのが出てきて、これはどうなんでしょ。立花先生の見解を聞きたいです。。これは、この本を書いた頃、予測してたのでしょうか?
2014.1.1読了

    

2013年3月1日金曜日

潮騒


最近の小説を読んでいると、なんとなく、疲れてきた。
それで、ついこの「潮騒 」に手を出してしまった。
最初にこの「潮騒 」に出会ったのは、小学生のとき。読んだのじゃなくて、母に読んでもらった!・・ちょい、恥ずかしい告白。。
世界文学全集を買ってくれて、僕は全然読まないもんだから、寝る前に、布団のなかで読んでくれました。
そのときは、あんまりお話に興味がなくて、数十ページごとに、出てくる挿絵を心待ちにしていたけどね。
でも宝島、太閤記なんか覚えています。もう一つ印象的に覚えているのが、この「潮騒」。
そんなきっかけと、どこかで「・・ギリシャ的・・アポロの・・精神・・」なんて、評価が頭のどこかに入ってて、「さわやかな」というか「端正」というか、そんな心持の小説を読みたくなったわけ。

50歳も過ぎると、周辺がドロドロした感覚でいっぱいで、なんか、いいです。
青い海と松。明るい太陽のある日本の風景。そこの登場する若々しく精悍な青年と、明るく、ちょっと芯のありそうな女性。そして純愛。
素直に、いい感じです。こんな時代、こんな年齢だからそう思えるのかな?
これを書き始めて・・厳しい母だったけど、どんな思いで「潮騒 」を読んでくれたんだろうって、ちょっと考えちゃった。

私はこれ以上この小説の魅力を表現する手立てを、持ちえていない。だから、本書末の解説を引用すると、
『三島が、では何故とくに古代ギリシャの物語という原型に心ひかれたかという話には、もう立ち入る暇は無いが、『潮騒』を書き出す前年にはギリシャを旅行して『アポロの杯』という本を書いている。
古典ギリシャへの憧れは、・・・・彼をギリシャの旅へと駆り立てた誘引であったというべきであったろうが、『潮騒 』が「アポロの杯」でくもうとしたギリシャの泉の賜であったということだけは疑えない。』
と、ギリシャの影響を指摘している。

「アポロの杯 」は所蔵していないが、「三島由紀夫の美学講座 」に「アポロの杯 」の一部が掲載されていた。

『廃墟について
アテネ - 「アポロの杯 」より
 私は自分の筆が踊るに任せよう。私は今日ついにアクロポリスを見た!パルテノンを見た!ゼウスの神殿を見た!巴里で経済的苦境に置かれ、・・・私の夢にしばしば現われた。こうゆう事情に免じて、しばらくの間、私の筆が踊るのをゆるしてもらいたい。
 空の絶妙の青さは廃墟にとって必須のものである。・・・』

こんな感じで、アテネを絶賛!!。「絶妙の青さ」と白い大理石の世界から、廃墟までを夢想する。
この文章の後段、このアテネの美しさは、廃墟であることと表裏一体であることに論は移り、「パルテノン-竜安寺」「左右対称の美-非均斉の美」「美の不死-死そのものの不死」というように「希臘(ギリシャ)と日本」を対比的に分析している。
このような論理の展開は、自決する三島の人生をも想像してしまうのだが・・。

建築的話なら、ル・コルビジェの古典的建築から近代建築の宣言書とされる「建築をめざして 」で、原初的かたちとされたパルテノンが礼賛され、近代建築が批判にさらされる時代になると、磯崎新が原爆後の廃墟を原風景と主張し、彼のポストモダニズムの先陣を切ったつくばセンタービルのルドゥー・ミケランジェロのモチーフの背後に廃墟のイメージを隠しこんだ、そのような流れを髣髴とさせる。

再び話を上の「アポロの杯 」に戻し、三島は、
「しかもなお原型のままのそれらを見るときの感動を想像してみて、廃墟にまさるように思われる」といいながら、「(実はこの文は続いていて)のは、それだけの理由ではない。希臘人の考え出した美の方法は、生を再編成することである。・・・廃墟は、・・不死の美を、希臘人自身のこの絆しめから開放したのだ。」として、またも廃墟論へ話を戻している。
しかし、ここで明らかなのは、『ギリシャ・パルテノンの原型の廃墟を越える感動』を認めていることである。

この「潮騒 」は、まさに『廃墟を越える原型の感動』の文学なのではなかろうか。
三島の美の論理どおり、「廃墟」「死そのものの不死」に彼の作品は修練し、彼の人生も彼の論理どおりに、自決によって修練してしまった。
したがって、彼の論理と人生がいかに完全に修練し終わろうとも、その論理である「廃墟」「死そのものの不死」を超える『原型の感動』の「潮騒 」は、彼の意に反してというべきか、輝いているように思う。
さらに、青松白砂と暖かな漁村の風景が、日本的郷愁を加え、より鮮やかに、直截的に、われわれに訴えかけているのではなかろうか。

ああー、つい、また面倒な、言い回しになってしまった。
単純に、「さわやかな青春」思い起こす清涼剤・・それで、十分かも。心、洗われた感じです。

(読了)


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2013年2月12日火曜日

クリストファー・アレクザンダー


1989年時点で、スティーブン・クラボー氏が、クリストファー・アレレグサンダー氏の活動を総括している。
日本では、1985年、盈進学園東野高校が建設され、新建築の表紙を飾った。デザイナーにもクリストファー・アレレグサンダー知られるようになった後の出版である。
盈進学園東野高校のホームページの施設紹介では、このクリストファー・アレレグサンダー氏による校舎が、多くの写真で紹介されています。
当然、この本の真ん中には、この綴じ込み写真があります。

完成後、ここ建築は、どうもキッチュで、にせものっぽい!という人もいると思いますが、僕は、空間・環境として、いいなって思いました。
池があって、太鼓橋があって、ちょっと曲がって街路みたいな空間があって、教室間には、小さな中庭もある。講堂も木造で、雰囲気があります。
わが、黒沢尻北高校も、丘の上にあって、校門をくぐると、桜並木をがあり、それをさらに進み、ちょっと曲がると、校舎でした。
当時は、校舎も、大正時代の鉄筋コンクリートの校舎、新しい特別教室。いっぽう、私の木造の古い講堂(柔剣道場に使われていました。)図書館も木造で。
今思えば、いろんな世代の、いろんな空気の校舎が、桜と松の丘の上に、入り混じっていた。
ついでに、校舎の裏には御旅屋といって、神社があって、(たぶん街中の諏訪神社の神様が旅にくるところ、今思うと、町の結界?っテ感じかも)そこも、校内見たいなもので・・。
春には、松林から鶯の声が聞こえ、桜の下の芝生で、お弁当。のどかなものです。
校舎なら、同じように自由学園も好きです。フランク・ロイド・ライトのでし遠藤新が主に設計しています。
明日館はフランク・ロイド・ライトですが。
それに比べ、最近の校舎は立派過ぎるというか・・、教育環境としては、あまりにも人工的過ぎる感じがします。
話は外れましたが、こんなアットホームな感じで、クリストファー・アレレグサンダー氏の盈進学園東野高校けっこういいんですよ。

この本では、スティーブン・クラボー氏が解説で、クリストファー・アレレグサンダー氏の活動が、コンピューター・数学的思考から、デザイン理論を構築し、パターン・ランゲージにいたり、美しさの質の問題にも達することを紹介している。
その活動と思考は、さらに、建設行為への問題にも至る。
そのような過程を、クリストファー・アレレグサンダー氏の著作では論じていない、プロジェクトでの実際の周辺の反応を交えながら、クラボー氏が紹介している。
クリストファー・アレレグサンダーの思考の理解の手助けになると思う。

ホームページを見ると、クリストファー・アレレグサンダー氏は、パターン・ランゲージをもとに現在でも活躍中らしい。
しかし「建設行為への問題」で、建設業界からは距離を置かれててしまった感がある。
その理由が、次に明記されていると思う。
『*「住宅問題」の核心が抵当システムにあるのは明らかだ。具体的に言えば、貨幣経済のなかで住宅が商品とみなされていることこそ問題だ。
・・・われわれが住宅を商品として扱うのをやめるときのみ、悪循環は断ち切られる。つまるところ、商品としての住宅にまつわる金銭的な制約条件をはねつけることが必要なのである。』

「抵当プロセスと商品としての住宅」が質を決定付けていることは、確かである。
一方、今や新自由主義経済の全盛である。小泉政権時に実施された基準緩和や容積率の引き上げは、まさに都市全体を市場経済、商品へと導き、住宅も今や住宅メーカーの独断場とも言えよう。
そこで生み出されたものは、高層ビルという巨大墓石、コマーシャルのイメージとは異なって完成すると画一的で設備お化けな住宅だ。寿命も美しく時代を代表する高層ビルでさえ30年という商品であることを、赤坂プリンスホテルは証明してしまったのだ。
さらに、先ほどの安部政権の再登場は、明らかに、 新自由主義経済への再突入である。

しかしながら、この20年の日本の停滞は、更なる経済発展を望んでいるのだ。
市場経済のなかで、都市・住宅が商品としてだけでなく、美しく・人間性を取り戻せるような住宅と都市の構築・建設のあり方を、そのシステムを考えなければならないのではなかろうか。


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2013年2月1日金曜日

コミュニティーとプライバシー

アレキサンダーのそれぞれの著作を自分なりに間ためておきたい。その1。


前に「クリストファー・アレキサンダーの私の概論」で整理したように、アレキサンダー最初のまとまった著作のようだ。
1963年所感で、年の状況も隔世の感がある。
冒頭の章が、マスカルチャー「大量文化」。まさに、現在、先進国がこぞって発展していた時期の話である。日本なら、昭和、高度成長期。
しかし、このような問題が果たして、過去のものか?
続く、章のタイトルはこうだ。

  • 侵蝕される住環境
  • 失われる自然
  • 溶解する都市
  • 崩壊する郊外
  • 小さなものを求めて
  • 第一の敵・車
  • 第二の敵・騒音

こう並べると、これらが、もう解決された過去の問題なのではない、現在の課題ではなかろうか。
侵蝕される住環境:住環境はもはや住まうことを目的としていない。欲望を満たし、生産拡大のための単なるツールとなってしまった。

  • 失われる自然:誰も否定はしないであろう、地球的視野で見れば自然は失われ続けている。人間のすべての活動それ自体が自然なのであるといってしまえば別であるのだが。
  • 溶解する都市:中世の都市から、コンクリートと鉄と自動車の都市へ、がこの時代。いまや、超高層ビルが乱立し、加えて、コンピューターによるバーチャルな世界の拡大は、生身の人間の脳長kを超えて超溶解が進んでいる。
  • 崩壊する郊外:シャッター街地方都市、高齢化のすすむ郊外・・
  • 小さなものを求めて:建物ももちろん、企業も超巨大化
  • 第一の敵・車:経済の牽引車としての自動車、地方の足としての自動車。もはや敵でもなかろう・・が、地方都市の中心市街地の空洞化は、車社会と切り離して考えることはできない。
  • 第二の敵・騒音:都市騒音は解決されてのか?2重サッシと高気密化とエアコン・クーラーによって解決された?いや、この人工機構化で、多くのエネルギーを必要とさせ、一方一応の解決は都市はまた膨らみ、地球温暖化を招く。

確かに、あの時代から多くの都市・環境問題が解決されてきた。
こう考えると、課題を解決したのではなく、人間・生物が、その環境になれたことも大きな要素ではないだろうか。人間・生物が、いかに、順応性に優れたものか、おもい知らされる。
人間は、もはや、このような状況を、飲み込み、受け入れれてる。まるで、第二の自然とばかりに。
しかし、今一度考えてみよう。現在の事件・事故に現れる社会問題の根を、精神論・制度のほかに、われわれの環境に、それを見出すとすれば、ここに挙げられた課題が、まさにその根となっているのではあるまいか。
このように考えると、解決されていない現代的課題なのだと思う。

このような課題に対し、彼らの解決方法の提案には、2つの特徴がある。
一つは、これらの問題を抱える都市・住居の「構成要素」を箇条書きで33個に、分類してしまった。
まさにコンピューター世代の問題解決方法を、提案していることだ。
実際p191「コンピューターの参加」では「このような問題を解決するには、電子計算機を使用する必要がある」(p191)「マサチューセッツ工科大学のIBM704型コンピューターは、・・、この接続を扱う問題の重要な"裂目"を数分間で見出した」(p192)とある。
私はそのその実際の計算の詳細は、わからないが、このような要素に分類すること自体が、まさにコンピューター世代的思考法だと思う。
そして、ここから、「諸問題は型(パターン)を持つ」-「まずは注目すべき重要な原理がある。すべての問題は、独自な構成の型(パターン)をもつということである」(p181)とし、パターン・ランゲージの萌芽をここに見る。
もう一つは、ヒエラルキーとプライバシー(もしくは障壁・ロック)という、構造的原理で、分析したこと。
ヒエラルキーは要素と要素のつながり方、プライバシー(もしくは障壁・ロック)は、先の要素を開放するか閉じるか。
こう表現すると、まったく電気回路みたいになってしまうのだが・・・。
公的に開かれた空間と、私的に閉じた空間、これらは都市から個人の部屋・心まで段階的につながり構成するものだとして、モデル化分析している。
ここら辺は、「クラスター批判」の中の都市像のイラストと分析、「プライバシーの解剖」のコートハウスの同様の分析を見ると、視覚的にわかりやすい。
構造化されたモデルが、まさに電気回路みたい!?・・まさにコンピューティング世代の幕開けだったのでは・・。

あらためて、この本を開きなおし、めくってみると総括になるのだが・・コンピューター社会の今から見ての話である。
はじめは、挿絵を眺めているのがせいぜいで、その挿絵がわかったような?実はわからずだけど、直感的で楽しかったような感じがする。


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2013年1月29日火曜日

ダブルファンタジー


ちょっと、エロねたの本も読みたくなって、この本を手に。
NHKで有働由美子アナウンサーと作者の対談をやっていて、このダブル・ファンタジー とアダルト・エデュケーション が話題となっていた。
著者の村上由香さんは、作家として成功を収めたあと、ご主人と、郊外で、家庭菜園を作り、ペットをさわしたり、そんな、自然派の生活をしていたらしい。
しかし、一転、そのような生活に、ピリオドを打ち、離婚し、都会に戻り、また、新たな執筆活動を本格的に再開し、この2作品を書いた。
どうも、憧れの郊外の自然に囲まれた生活は、退屈で耐え切れないものとなり、作家魂もくすぶり続けていたので、一転、離婚を決意、都会の雑踏で新たな刺激を求めて、作家活動を再開した。
というような、対談の中の、お話だったように記憶している。
独身の有働由美子アナウンサーが、乗りのりで、話をしていたのが、妙に印象に残っている。
そして、このダブル・ファンタジー とアダルト・エデュケーション が、自立した女の世界なのだ!的な感じだったかな。
そんなのを見て、僕といえば、ちょいエロ小説のつもりで、読んでしまった。
エマニュエル婦人の路線で、セックスで女の別の人格なり、世界が開けて行くって、そんな感じの路線。
エロ小説としては、いいのでしょう。
作者・村上由香の先ほどの、この小説の執筆に至る経過を知っていると、けっこう作者の実体験に基づいているの?・・なんて、詮索すると、もっとエロく感じちゃう。
その結果、本当に、何か世界が、変わるのでしょうか?・・結局、本能的にセックスを楽しんでるだけでは?
そこに小説の意味はあるのかな?・・今ならAV女優になった方がいいかも・・。
むしろ、ここに登場する、男性の方が、痛々しく感じてしまう。
そして、救いは、最後に
「どこまでも自由であることは、こんなにもさびしいことだったのか--。」
と、読みようによっては家庭や結婚存続の含みを若干持たしてそうなとこかな。

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2013年1月20日日曜日

スティーブ・ジョブス名語録


この手の本は最近読まないのであるが、成功者の思考方法をチェック、勉強しておくべきと、読みました。
きっと、皆さんのほうが詳しいでしょう。
マッキントシュが成功。すると、アップルから追放され、再び、iPodとiPadによる大成功。
浮き沈みの激しさ、すごい。
でも、アップル追放後、ビル・ゲイツがWindows98で成功する間、スティーブ・ジョブスは、ピクサーで、「トイ・ストーリー」で大成功とは、知りませんでした。・・超恥ずかしながら不勉強。
Windowsが成功する中、アップルは衰退の一途!と思っていたら、そんなとこで大成功していたとは・・。恐るべし。
「トイ・ストーリー」で成功!というのも気になる。
3D・BIMで建築の設計をしていると、3D化への興味がいくのであるが、日本のアニメ界は、まだ、2D。
アニメ好きの息子に聞いたら、「やっぱ、日本人は2D がいいんじゃ!」ってつたない答え。
洋画と日本画、彫刻と版画みたいな、思考の違いがあるんですかね。
なにあれ、スティーブ・ジョブスは常に新しいものを追い続けてきたんでしょうね。

そんな一面と、変わり者と評される割には、最初は技術者だったのだろうけど、人のつながりによって、ここまでなった人でもあるようだ。
子供のPTA会長の挨拶を考えるとき、焼付けで、「スタンフォード大学の卒業式記念スピーチ」をyoutubeでみて、「愚か者になれ!」ってすごい、ぐらいしか知らなかった。
まったく知らない人は、すぐ読めるし、一読の価値あると思う・・。
ジョブスにはなれないにしても、彼の人生に、勇気づけられました。
(2012.7.7読了)

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2012年2月10日金曜日

忘れられた日本人


昨年(2011年)の年末だったと思う、朝日新聞掲載の推薦図書に、この本が、立て続けに紹介されたように思う。それで、読んでみた。

民俗学というと、柳田國男ぐらいしか知らない。それも、書棚を見ると「日本の祭り」しかないので、浅学の身を改めて知る。

はじめから話はそれるが、この「日本の祭 」は、たぶん建築と・都市を考える上で読んだように思う。
最近は、祭りの記事というと、「その経済効果は○○億円」という、経済的視点でしか、取り上げられることしか思いつかない。
しかし、これは大学の建築意匠での神代雄一郎先生の講義だったのだが、確か「日本のかたち (1963年) 」という本を紹介しながら、祭りと空間について話していたように記憶している。
たとえば、ある漁村のお祭りでは、お祭りの期間、海辺に四方竹を配置ししめ縄を渡し、島の山の上の神様だったか?いや海の神様だったかを、そこに安置する空間(お旅や?)とし、お祭りが考えられている。その四方竹の大きさを実測するとちょうど3間四方で、人々の空間を意識的に認識した、原初の空間ではないかとの話。
これが、後ほど「間(ま)・日本建築の意匠 (SD選書) 」につながっているのだと思う。また、社寺においては、祭礼自体が目的であろうし、空間構造や形体を決める、決定てき要素であることも、この「日本のかたち」では、話されていたように思う。
また、先の祭りの話では、祭りの期間、神様は、いつも神様がいるところから離れ、村や町を練り歩き、「お旅や」に一時的に滞在したりする。このような祭りの行為自体が、村や町の都市構造と密接に結びついているというようなこともある。
私も大学と大学院は都市計画の加藤先生の研究室で、そこには町並み研究の西村先生も当時助手としておられ、「日本の古い町並み」調査にも連れて行ってもらった。私の学生時代の少し前が、最も華やかな「町並み」研究の時代ではないかと思うのであるが、そんなこんなで、ざっと町並みの研究などを眺めていると、お祭り・祭礼というのも大きく都市・町並みの構造に絡んでいる。
祭りを中心に町・都市構造を考え発想されているという事例も少なくないであろう。というのは大げさかもしれないが、祭りを中心に町・都市構造に密接に組み込んでいるのは明らかであろう。
建築・都市を考える上では、このような視点もあるわけで、柳田國男の「日本の祭り」を読んだのだと思う。
また、柳田國男といえば、「遠野物語 」。
中学生のときブラスバンドの岩手県大会の会場が遠野で、バスで、横をせせらぎが流れる山道を縫って、行きました。その清流を見て、先輩は、音楽そっちのけで、むしろ釣に凝っててりして「ヤマメ!アユ!」なんて叫んでたな(笑)。それが僕の遠野デビュー。
後から、やっぱり遠野の「曲がり屋」を見たくって行きました。ゆるい谷の地形に、田んぼの稲穂が揺れ、点在する曲がり屋。やはり「物語」よりも景観目がゆく僕です。
というわけで、民俗学といったら、柳田國男で・・・私にとって、「祭り」「民話」といった、少し高尚なイメージです。

しかし、この宮本常一の民俗学は、下ネタ満載の民俗学で、ビックリ。

「土佐源氏」や「土佐寺川夜話」の段では、いい女がいると思えば、夜通しでいくつかの山を越えて、女の家に行き、夜中に、寝所に潜り込み、一発やってしまう。女も、それを抵抗なく受けとめていたりする。
また、当時は金回りの良かったであろう商売のある馬喰うの話だったと思うのだが、村々を渡り歩いて、その村の未亡人(後家)や婦人と、やってしまうのもしょっちゅうであったという。また、決して強姦などではなく、むしろ女性が招き入れている感じで、そのような女性も珍しくはなかったようでもある。
何やかや言っても、源氏物語の時代から、夜這いしまくっているって、日本人ってやっぱり性におおらか!!なのが本性なのでしょうね。今でも変らず、インターネット世界に担って、ますますなのかもよ・・
「女の世間」の段では、女同士の共同体が組織されていたとの話であるが、そこでも下ネタが満載である。
田植えと下ネタはどうもセットなのが常のようで・・。私の関わっている北上ふるさと会(在京の北上市出身者の会)では、民話の会なる民話を訛りで語るサークルがあるのであるが、ここの民話はどうも、下ネタが多い。でも、この本を読んでいると、民話とはこんなものかと、合点もいく。
また、私は小・中と子供のPTA会長で、お母さん方と話すことも多いが、意外と、ゆるい下ネタで適当にお茶を濁しているのが、安全なPTA運営方法って、最近思うのも合点がいってきた。・・ガチ・マジに議論して、苦ーい思いがあるからね・・
かんな感じで、下ネタが多く、「題名から察するに中学生にお奨め!!」とは、言いにくい。

とはいえ、感心させられるところも、多い。

「対馬にて」「村の寄り合い」では、集会にて、徹底的に議論されて、きめれれている様子が伝えられている。
合議制といっても、日本の場合、どうも長老が出てきて最後は決定を下す、とか、有力者何人かで方針が決められていて、後は従うだけ、のようなイメージがあった。多くを議論して、その末、決定に至るのは、戦後民主主義教育の結果?などと勝手に、自分で思い込んでいるところがあった。
このたりを読むと、様々な会合の中で、夜を徹して、白熱した、また相手を尊重しながら議論が、進められている様子が伺える。会議で理性的議論により合議を経て、決定に至る、というやり方は、近代民主主義の特許でもなく、本来、日本人が自然発生的にやっていたことなのかもしれない。
知的階層や社会的地位の高い階層の会合は別にして、今の私のごく身近な会合・会議などの話を見ていると、なんとも短絡的で、自己中心的、中身のない話ばかりが多く、相手の心情を諮ったり、自己を客観的に、もしくは全体を押し計らって、発言する人が極端に少ない。ほとんどが前者のような話ばかりである。こんな様子を見ていると、戦後民主主義の教育は、退化ではないかと思ったりもする。
いや、それは、「君が理想主義者であるだけで、人間の本質は、今も昔も変らないのだよ・・」と、言われればそれまでであるが・・。
また、ちょっと気になったのが、このような村単位での会合の発達は、西日本に多く、東北は、家族中心で、家長・長老の発言力が強いと言うことらしい。東北が、何と無しに、西日本に比べ、発達に劣るイメージは、京都から離れ、歴史的・地勢的に、そのような状況に陥ったのが大きな利用であろうが、このような閉じられた社会体質の傾向にも、起因するのでは、とも感じた。
ともあれ、このような自然発生的な民主主義に、感心させられ、日本人の底流を見る思いがした。

もう一つは、「文字をもつ伝承者たち」の段で、今で言う郷土史家のような人たちが脈々と存在していたことである。郷土史家とは、スケールが小さいかもしれない。中には農業研究もふくまれるし、組織の長としての役割も含まれよう。郷土史とはいえ、知的レベルは随分高いもの様であった。
このような人々が、日本のいたるところにいたであろうことに驚く。どうも、知識人というと、○○大学の教授のようなどこかの組織のお墨付きが無いと、信用置けぬ近頃ではなかろうか。ITが発達したとはいえ、結局は表題・肩書きで判断される。ITの発達で、情報が爆発的に増え、社会も専門特化の上細分化のためさらに量が増え、結局は、篩としての表題・肩書きが、むしろ偏る傾向にあるのではなかろうか。
そんな中で、教育制度が十分ない時代に、自らの知的好奇心に頼り、考え・書き残し続けた人々が、いたことにあらためて感心させられた。

もう一つ印象的だったのが、本の100年前、私の祖父の頃と思えば、そんなに昔の話ではないと思うのであるが、日本は、随分原始的だったんだと、つくづく思う。
着物一つで、山山を駆け巡っていた時代。いや、人間が、動物と対して変らず、山々を、徘徊していた時代なのだ。田んぼ、畑仕事であっても、夜の明ける前から、日が落ちてまで、耕し続ける強靭な体力を持っていた人間・日本人ががそこにはいた。今に比べると、超人的世界である。
常に、冷暖房で守られた世界に暮らし、物と情報とにあふれた今を考えると、人間のもっている本来の力とはこんなものかと、感心させられてしまう。それが、この50年、100年の間の変化だとすると、これからつきくすむ世界はどんなものかと末恐ろしいものを感じる。

読み終わり、宮本常一その人の、耐力・忍耐力も尋常ではない。
ともに野山を歩き、フィールドワークのための耐力と膨大な時間。どこからどこまでが学問だか、わからぬような世間話を聞き集める執念。恐るべし・・
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2011年12月13日火曜日

銀の匙


灘高の生徒はこれを読んで、東大に入った。その国語教師は、有名な 橋本武先生だそうで。さすれば、これを読めば、頭良くなる?ってことはないでしょ、そもそも頭の出来が違うのだから。
ていっても、やっぱり読んでみたくなった。

大学に入ったとき、専門の勉強していて、たとえば建築家の若いころの話などを読んでいると、優秀な人は、中学高校から基礎教養として、こんなの読んでいたんだって、よく思った。
だから、このようなことを知ると、やっぱりチェックしないではいらられない。あっ、僕はのことより、息子が高校受験勉強中で、親に習って国語が苦手ときた。読んでくれたらなー、って思っていたら、案の定ってか、残念ながら、見向きもしなかったよ。トホホ・・

読んで見ると、子供の頃の情景が湧き出るようで、やはり、すばらしい文学作品なんだろうと思う。
子供のころの情景って、この話は、明治から大正の話でしょうって、言われるかもしれない。
でも、育ったのは、サザエさんほど大きくはないが畳のつなぎ間の家だし、父の実家は商家で、入ると黒々とした、大きな柱と大きな梁がある、大きな板の間があったりして。母方のの親戚に行っても、欄間のある畳のつなぎ間が基本だったもんね。
外で遊ぶにも、街中にも、大きな木造の寺や神社があってがあって、神社はもちろん、寺にも大きな木々が茂っていた。遊び場も、畑や田んぼの間をくぐって行ったり。そこには結構水路があって、たぶん田んぼや畑の用水用だったりしたんだろうけど、木っ端で作った船や葉っぱの船を流したりしてね。
なんだか空気自体に水蒸気感?見たいなのがあったな。レオナルド・ダビンチの空気遠近法じゃないけど、今の乾いて単調な空気でないような気がする。
そんな、雰囲気、情景が浮かんでくるようだった。
情景の話だけでないよ。主人公にも、僕の子供のころをダブらせてしまった。
主人公は、病気がちで、女の子と遊ぶような、ちょっと引っ込み思案って感じの子。僕もね、病気がちではないけど、めちゃくちゃ元気なほうでもない。年に1、2回は風邪を引いて、病院に連れられていた感じかな。
それと弱虫系だったしね。学校の、注射なんて怖いのなんのって。この主人公も、おばあちゃんに育てられていたけど、僕も母が働いていて、母の姉に住み込んでもらって、育てられた。おばあちゃん子みたいなもんだヨね。おばあちゃんに育てられると、そんな弱虫系、やさし系になっやうのかな?
井上靖の「しろばんば」に出てくる主人公の男の子も、そんな感じだった。ジャイアンみたいな、また運動神経抜群の活発な男の子に目が行くけど、子供の大半はどこか弱さをもってるのが普通なのかなって、いま、考えてみると思うね。
でも、こんな小説の子供は、大学、二十歳のころになると変身して、かっこよくなる。やっぱり、現実の自分とはちがうの・・?
とにかく、そんな感じで、子供のころの自分の体験した情景とダブって、小説の世界が脳裏にパーって広がるそんな小説でした。

ところで、国語苦手の息子の模擬試験を見ていたら、「銀の匙」が出ていた! 「それ言ったことか、読んでれば良かったのに」って言いたくなった。でも、我慢我慢だね。
自分で解いてみると、本を読んでいるためか、なんとなく前後のあらすじや全体の雰囲気がわかっていたので解きやすかった、ような・・。やっぱり読んでいると違うのかな?
それと、「この問題の文章の特徴は?」という問題で、「擬音・擬態語で情景を鮮やかに浮かびががらせている」が正解の選択問題があったのですが、これは間違った!
本の全体の感じは、そんな擬音が多い感じでもないような、でも、確かに情景は鮮やかに浮かび上がる。問題で選択された部分がそうなんですかね・・・やっぱり国語って難しい!!!
 

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2011年11月23日水曜日

美しい国へ


「・・美しい・・国へ」というタイトルを聞いたとき、個人的にはショックであった。
というのも、「美しい」という言葉が、私の建築研究・思考のひとつのテーマだったからである。
もう一つの理由が、政治家が、この不確かな、「美しい」という言葉を使う危さゆえである。

「美しい」建築でなければ、建築は決して残らない、長く使われない、と考えたのが、「美しい」を考え始めた、その理由である。
建築にとって、「美しい」とは最も古めかしいテーマであり『ローマ時代の建築家、ウィトルウィウスが著した、現存する最古の建築理論書「建築書(建築論、建築十書とも)」によると、用(utilitas)・強(firmitas)・美(venustas)を兼ね備えることが求められる』wikipediaよりとされ、西洋建築史の桐敷先生の授業でもそう習った記憶がある。
しかし、近代建築においては、用・強に徹することが、美を生み出す、とされた。すなわち、計画と構造・ディティールに徹すれば、生みだされる建築は、美しくなるのは必然である、とも解される。
その後、ポストモダンのモダンのムーブメントは装飾の復権であろう。デ・コンストラクションは、規定の構造の見直し。プログラミングなどの考え方の潮流は、計画の見直し、経済的視点の導入と解されまいか。環境配慮の建築もひろい意味では、計画の一環である。近年のPCによる複雑化・曲体の建築は、また、別の範疇に・・新たな潮流ではないかと思うのであるが・・これは別に良く考える必要があるように思う。
いずれにせよ、現在でも、実務に入ると、「用・強に徹することが、美を生み出す」という考え方は絶大である。設計者側にのみ絶大なのではなく、発注者・施工者に絶大な支持があるのである。

そして、その近代の思想によって生み出された、現代の建築・都市が、現在美しくなったか?といえば、答えはノーではなかろうか。
東京を見渡せば、高層ビルが見事に乱立する。朝日新聞の音楽展望で高層ビル群を墓標である渡渉していたのを思い出す。
(改めて調べてみると「だが、ここ、東京・六本木の高層ビルからの眺めは、私にそれを許さない。この醜悪な茸の群れのような建物の墓石が私の前に立ちふさがっているのだ。」音楽展望 吉田秀和(朝日新聞20/07/2009の記事)
地上に降りて、そのビルを見上げてみると、石・ガラスという高価な材料が不断に使われているのだが、どこか薄っぺらい。
地方に目を向ければ、商店街はシャッター街ばかりで、幹線道路沿いは看板建築のオンパレード、住宅街といえばこれまた、メーカー住宅と分譲住宅の軽るーい住宅が立ち並ぶ。せめて公共建築はと目をやれば、これまた都会のビル建築と変わらぬ高価であるが薄っぺらい、全国どこも金太郎飴だ。
悪口ばかりだが、近代建築の美しい建築も多い、しかしながら、作られた全体像としては、決して美しい街・建築とは、到底言えないのが実体であろう。

そのように考えると、「美しい」とは、「何か」から問い直さねばならないのである。
とりあえず、インターネットの検索見ない時代、ヘーゲルの「美学講義」あたりから、「美」をテーマにした本をとぼとぼ読み重ねてきたのであるが、・・皆さんのご期待通り、やっぱり「よくわからない!」。そんな明確な答えはない。以前より、建築をテーマにぼんやり自らの美しい建築とやらの像見出しているような気はするのだけれど・・。
だから「美、美しい」というのは人類にとって永遠のテーマなのであるのだと。

そこで、政治家 安部晋三の「美しい国へ」である。
私は、具体的な国土政策として、「美しい」国土を動作るかという、建築・土木・経済にも踏み込む、提言の書かとも、早合点した。
さらに、保守本流、過激に言えば右派本流の安部晋三が、「美しい」という使うと、どうも太平戦争当時、「美しい日本のために」といって動員された兵士(体験がない世代だからその日本軍の宣伝映画でによって、たぶん記憶に結び付けられているのであろうが)を想像し、どうもこの本に対するアレルギーが出てしまっていた。
そんなことで、興味はあったが、この本から意図的に避けていてしまった。といって、出版が2006年(平成18年)であるから、すでに7年も前、例によって、古本屋さんで並んでいるのを見て読んでみようかなと。
これが、この本を手に取ったきっかけである。

(前段が、ながくなってしまった!これから本論?)
読んでみると、まったく、期待したものとは外れていた。
「美しい」という言葉が出てくるのは、ただ1ヶ所。最後ページ、「私たちの国日本は、美しい自然に恵まれた、長い歴史と独自の文化をもつ国だ。そして、まだまだ大いなる可能性を秘めている。」(p228)。
前段は、祖父岸信介の思い出と本人の体験に基づきながら、彼の系譜と国家像・日米同盟と、保守本流のお決まりの話が続く。そして中国・アジアの現状解説。後段は、サッチャー・レーガニズムを基礎とし、少子国家像として年金の話と、旧来の家庭の再生を基本とした教育再生の話というところか。家庭の再生も観念論で、新鮮味がないような・・こんな話はPTAに関わったことでで飽き飽きしている。
年金では、「年金一元化で官民格差をなくす」と、教育では「競争がフェア」な社会と「再チャレンジ可能な社会」が、目を引くところか。といって、いまや新機軸でもないと思いますが・・。
と、いう感じで、イメージ・私の思い込みは見事に裏切られたのです。

安部内閣が発足当時、テレビの討論会などで、首相の日本の設計図として、この本をテレビキャスターも一緒になって、持ち上げて議論・宣伝していたよう記憶があるのですが、なんだったんだろう?って思ってしまうのです。
なぜって、そこには具体的な提言は、ないといってもいいんじゃないかな。つまり、組織をこのように変えてとか、制度をこの目的のためにこのように変えてとか、見えないのですから。

小選挙区制によるポピュリズムの上昇気流にうまく乗った小泉政権に続く内閣として、発足した安部政権。いま、読み直すと、あまり深いことには関わらず、なにやら、ポピュリズムを意識した著作のようにも思える。

蛇足、政治家本
政治家の書いた本を私の書棚から探すと三冊。

新・都市土地論 菅 直人 1988/12  
日本改造計画 小沢 一郎 1993/5/21
小さくともキラリと光る国・日本 武村 正義 1994/01

これらは、私が勤め始めて数年の頃、政治家の本が少しはやった時期かと思う。田中角栄の日本列島改造論を除けば、政治化が本を書くなんてしなかった頃、ちょっと私にとっては鮮烈であった。
なぜかって、著作で自分の国家のビジョンを描いてそれを説く。それって、すごくすばらしいことと思えた。国会の方便や、演説だけでは、全体像なんて、よくわからないじゃないですか。政治家なら国の設計図をきちんと提示すべきでは、ってね。
建築家もそうあらねばならぬ!なんて、思ったりした。今でも、そう思ってるんですけど。
そして、今思えばバブル経済絶頂期なんですね。
はじめの著者 菅 直人は、首相まで上り詰め、無能者扱いをされて降りてしまった。その真の評価は、歴史にゆだねるか、ゆだねるまでもないかは・・どうでしょう。
そのタイトルは「新・都市土地論」土地が高騰したバブル期で、タイムリーなテーマといえばタイムリー。しかし、・・首相になって批判されてのは「市民運動化上がりで、ビジョンが見えない」ってことだろうから、テーマが確かに国家の設計図としてはあまりにも狭すぎで、今を暗示していたかもって。
次は小沢 一郎。裏金・献金、寝業師というダーティーなイメージいまや定着しちゃった。でも、小沢氏を押す声があるのは、やっぱりこの一冊「日本改造計画」なんじゃないかと思う。
題名からして師匠の日本列島改造論の延長上にあるのかも知れないが、国の目標・方向性を示して、機構・組織・制度をどのように変えたいのかまで、踏み込んでいる。いま、読み返してみると、提案されてた小選挙区制は実現したが、結果は失敗しているようにも思えるし、機構・組織・制度も今ひとつはっきりしていないようにも感じる。
でも、全体像を示した上で、明らかに機構・組織・制度まで、言及した本は見られないのではないかと思う。だからこの「日本改造計画」を読むと、「改訂・日本改造計画」でも書いて・・なんて思う。
武村 正義「小さくともキラリと光る国」も、当時国民総中流時代で、経済が強くとも、政治的には閉塞し、全てが扁平だったような時代に、このタイトルは魅力であった。

ポピュリズムに迎合せず、骨のある本を出す人がいてもいいのじゃないかな。・・いまやそんなの売れないか?



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2011年11月20日日曜日

宇宙船地球号操縦マニュアル


「宇宙船地球号」というタイトルそのものが魅力的だ。宇宙飛行士になりたい子供に「そんな必要はない、君自身が宇宙飛行士なのだから」という、どこかの解説が頭にこびる付いていた。そんなフレーズはどこだろうと探してみると。
たぶん『私はよく、「宇宙船に乗ったらどんなだろう」と言うのを耳にする。しかし、答えはいとも簡単。「今、どんな感じだい?」だ。みんな経験しているじゃないか。私たちはみんな、宇宙飛行士なのだ。』(p045-046)であろうか。
そして、すぐ前のフレーズで「私は宇宙の進化を重視して、私たちのうぬぼれや近視眼や偏見や、そして無知一般から、自分たちを解き放つことが極めて重要だと考えている。」と、なぜ宇宙船地球号の宇宙飛行士と考えることが重要であるかを説明している。
そう、包括的・全体的・総合的思考が、この本の底流の思想ではないかと思う。
上のフレーズの前段では「いまや人間は、専門家としては、コンピューターにそっくり取って代わられようとしている。人間は生来の「包括的な能力」を復旧し、活用し、楽しむように求めれれているのだ。「宇宙船地球号」と宇宙の全体性に対処することが、私たちのすべての課題になるだろう。」(p043)とか、
上のフレーズの次章では「建築家とか計画家、とりわけ計画家は、専門家と位置づけれれてはいるものの、ほかの職能より多少は広い視野をもつ。・・・・だから、計画家の役割を引き受けて、できるだけ大きく、包括的な思考をはじめるのが、私たちにはふさわしいのである」(p050)など、
建築家・計画家への包括的思考のアジテーションが仕込まれているのである。
フラーの包括的思考の結果、「宇宙船地球号」のエネルギーの考察は、きわめて先見的だ。
p091では「太陽から貯める何十億年もかかった化石燃料を燃やして、そのエネルギー貯金だけに頼って生きるのか、あるいは地球の原子を燃やして私たちの資本を食いつぶして生きるのか、どちらにしても・・・無知、そして完全に無責任というものだ。」とある。前段は地球温暖化の問題、後段は福島原発事故の予言?
さらに宇宙船地球号のエネルギーに関してして、「太陽からの放射や月の引力が生みだす潮汐、風、降雨といった脈を打って生みだされるエネルギー(が)・・この「宇宙船地球号」の上に準備されてきたものだ」(p128)として、自然エネルギーの利用を前提としたうえで、
「私たちが原子炉からのエネルギーにもっぱら頼りん、自分たちの宇宙船の本体や装備を燃やしてしまう愚さえ犯さなければ、「宇宙船地球号」に乗った全人類の乗客が、お互いに干渉し合うこともなく、他人を犠牲にして誰かが利益を得たりすることもなく、この船全体を満喫することは十分現実可能なことだとわかっている。」(p128)としている。
福島原発事故で、宇宙船の日本部品の一部を焦がし、その後のエネルギー議論をかんがえると、フラーの予言はまさしく的中とも考えられまいか。
フラーの包括的思考は、経済的視点、富と価値にまで及ぶ。
実は私も、建築の設計で、その価値、もしくは何を要求されているのかを考えると、経済的視点、経済システムになかでの建築の立場にも興味を覚え、経済本も素人ながらチョコチョコかじっているのであるが、フラーがここでしっかりしているのには、合点がいった。
「私たちの経済会計システムは非現実的にも富を物質としてしか考えていないし、ノウハウは給与としてしか記帳されない。だから富の本質に関して、ここで私たちがお互いに発見しつつある全てのことは、共産主義でも詩品主義でも、社会にとってまったくの驚きなのだ。
・・・反エントロピーとしての富はシナジーを通して福利を生むが、そんな成長はこの地球上のどんな政治経済システムであれ、いまだまったく勘定にいらられていない。
・・・小額の特許権使用料は例外になるが、通常そんなものは無視される。発明の価値とか、ある製品が他の製品を補って、そのチームワークが膨大な利益をもたらすというような、そんな製品のシナジー的価値とかはまったく評価されない。」(p099-100)
このような富と経済に関する主張は、ここだけではない。この本全体にちりばめられ、「建築家・計画家への包括的思考のアジテーション」の主張の底流ともう一筋の底流をなしているとも見える。
確かに共産主義で言えば労働価値説が、思考・アイディアの価値を認めず、労働時間にのみ労働の価値を置いたことが、そもそもの失敗の原因であろうし、一方、資本主義では、限界効用論が思考・アイディアの価値を、価格(価値)へと変換できるという前提ではあろうが、実際は、生産の上流での思考・アイディアの価値は、フラーの主張の通りほんのわずかであり、製品・物となった時点で、初めてその物に近くに関わった人に集中的に利益が配分されているのが、いまの世界経済ではなかろうか。
「設計」とは、その生産の上流での思考・アイディアの価値であり、その価値の評価が惨憺たる現状が、私のフラーの富と価値への主張のシンパシーを感じる理由なのだと思う(凡人は、やはり下世話なのですが・・)。しかし、フラーは、さらに、思考・アイディアが、システム化され互いに組み込まれることにより、福利的に価値・富は増大し、「宇宙船地球号」を救う富となるのだと・・
しかし社会が専門家・高度化が進む現在、フラーは、どのような領域を網羅し、総合てき思考をしたのか。
第6章シナジーの冒頭「では、トポロジー、ジオデシックス、シナジェティクス、一般システム理論、そしてコンピューターが使うピッティといった強力な思考道具を使って、現在の世界が抱える問題を取り組んでいくことにしよう。」(p077)
何のことややら、さっぱりわからない。
巻末の注釈では、フラーの著書『ユートピアか、忘却か』(1969)にあげてある、デザイン・サイエンスのカリキュラム案の11項目、1972年公表の「デザイン・サイエンス・インスティチュート設立計画案」研究対象の6分野があげられていて、・・到底無理なのは目に見えている。
それならば、「建築家とか計画家」は、専門家に徹し、全ては、共同作業のひとりとして徹し、結果の全ては現在の市場原理のお任せすれば良いのであろうか。
それでもフラーは最後まで主張する。
「世界で対立する政治家たちやイデオロギー・ドグマの袋小路が増えつつある今、一体どうやってこれを解決したらいいのか、・・・それはコンピューターによって解決される。」(p138)
「そう、だからイニシアティブをとるのは計画家であり、建築家であり、技術者なのだ。仕事に取り掛かって欲しい。とりわけ共同作業して、互いに抑制し合ったり、他人の犠牲で徳を得ようのどとはしないで欲しい。そんな偏った成功は、ますます先の短いものになるだろう。」
政治までもコンピューターが解決するとでも言うのか!でも待て、インターネットによるアフリカの革命の動きなどは、あながち、間違ってたとでもいえないのではあるまいか。
このところ建築家・計画家は、どうも専門家になりすぎているのではなかろうか。1960-70年代には、都市を語っていた建築家は、そこから総員撤去。代わって訪れたポストモダンの潮流は、歴史的形体を引用した形態操作と内向きの、思考形式となってしまった。その上、計画すること自体が罪悪というべきものとなり、建築家は、計画自体も、他者に全てをゆだねる事態となったように思える。他者とは、民意や顧客満足(カスタマー・サティスファクション)であり、背後に隠れた計画専門集団である。
ポストモダン以降も、デコンストラスションのムーブメントなど、いくつかのムーブメントがあり、現在に至っていると思う。しかし、そのポストモダンのコラージュ手法自体は変わらず、形体操作の対象が、歴史的建造物から、もっと身近な近代建築・現代建築・この直近の建築へと移行しとだけで、形態操作によると内向きの自己満足的・日和見的思考形式は、変わっていないのではないかと思う。
しかし、コンピュータが目覚しく発達し、PC内で作成される仮想現実のプロジェクトが、自由にかつ、よりリアルに表現され、様々なツールが提供されつつある今、建築は変わろうとしているのではないかと思う。
とりわけここに及び、海外の建築家の設計した建築形態・アニメーション・cgを見ていると、コンピューターのモデルによる可能性がどんどん開けているように思える。
今、「建築家とか計画家」は、アイディアを、コンピューターを駆使して、総合的に再構築し、提案するという、本来の「建築家とか計画家」の職能を、再び発揮するときではなかろうかと思う。
そこには、また、さらに上を行こうとする超専門化集団の壁が立ち並んでいるであろうが、生来の「包括的な能力」を復旧し「建築家とか計画家」は、立ち向かうべき時と思うのである。

追記
薄い本であるし、もっと簡単に書こうと思ったがつい長くなってしまった。
「宇宙船地球号操縦マニュアル」というタイトル自体が、子供にも受けそうな、魅力的なタイトルだ。中学生の塾の推薦本にも取り上げられていたりして。とりわけ男の子なら言葉自体にわくわくします。
読んでみると、内容は深い。っていうか、いろんな切り口から読むことが出来るのではないかと思うのです。
フラーの本は「テトラスクロール」しか読んでいないので、まったくえらそうなことはいえませんが、・・フラーの視点があまりにも広いので、この本について、書こうとしたら、まったく悩んでしまった。
で、もう一度、読み直して、今の僕の視点で、切り込んで書いてみました。いろんな視点から、切り込んで読める本ではないかと思います。


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2011年9月13日火曜日

肩ごしの恋人


この本は、1年ほど前に読んだ。
くそまじめな本ばかりを読んでいると、たまには、さらっと読めるのを読みたくなる。恋愛もので、ちょっとエッチなやつ。ついでに直木賞で、女心も見てみたい。
なんて、これを手に取った。
1年たって、そうだコメントを書こうと思って、本を手に取ったが、セックスもさらりと何箇所も出てきて、恋愛話って言う残像が頭に残っているだけで、ストーリー、印象的な描写も全然思い出せない。背表紙の簡単なあらすじを読んでもしかり。
私が得意な小説健忘症だ。
改めてパラパラ斜め読みして、ようやく思い出してきた。3回離婚女「るり子」と若干まじめ型の「萌」の恋愛のお話。相方の元彼と関わったり、セックスもたびたび出てきて、ゲイも加わり、高校生も加わる。収入は、ほどほどあり、都会で外食・買い物と自由に暮らすお話あり、最後は「萌」が高校生の子供を一発で身ごもり、ひとりで育てる感じになる。
まあ、おいらには人間関係が複雑すぎるわね!!最初に読んだときは、ストーリーの展開にどきどきして、一気に読んだのを思い出した。
読み直すと、女性の長ーい噂話をずーっと聞かされている感じになったちゃったよ。適当に恋愛があって、こんなのもチョイあこがれる感じもあるけど、もてない男にとっては、話がリアルと非現実の中間あたりをプラプラしている感じがあって・・これが女性の長ーい噂話って感じにしてるかも。
これ男目線と、人の心情が理解できないタイプの考えかもしれないけどね。・・でもこのパターン、最近の女流文学のパターンって感じないかな??
1冊しか読んでないのに・・こんな事言って、すみません。



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戦艦武蔵

このブログも随分ご無沙汰です。
一年前、実家に帰って、暇に任せて父の書棚から、本を探り 書き込んだのであるが、今回もこのパターンで・・。
東北大震災もあり、春の帰省をしていなかったこともあり、しばらくぶりの帰省であった。同様、本棚を見て目にとまったのが、この本「戦艦武蔵」。
前職の設計事務所に勤めていたとき、上司と設計の話をしていたとき、この本が出てきたのを思い出した。・・確か、設計の分担方法、つまり設計をどのように分割して作業するかという、話していた時の過程で、出てきたような・・記憶は定かではない。
まあ、それと子供のころ、友達の家に言って、戦艦武蔵のプラモ(1/700 ウォーターラインシリーズ No.114 日本海軍 戦艦 武蔵 31114 )を見て、大和とどんなに違うのであろうとも、思ってこの本を手に取る。
最初から、全国から棕櫚の縄が消えていることから入る。意外な展開で・・でも、すごく小説らしいつかみ。他の書評を見ていると、よく知られるところのイントロらしい。
一瞬、もやい綱とも思ったけどそんなに多くはないだろうし、碇を吊るロープ?バカな、それって巨大なチェーンだったような。実は、建造中の武蔵を外部から見えないように隠すためのシートをためで、棕櫚の原料を買って、さらに棕櫚ロープの製作機械まで買って、さらに棕櫚を編みこみ作ったという。そういえば、覆いのかけられた建造中の武蔵のイラストを子供のころ見たのを思い出した。
ところで大和と武蔵の違いって、1番艦と2番艦だって。つまり、武蔵は大和のまったくのコピーらしい。呉海軍兵工廠(軍直営工場)で、大和を作り、その設計図をそのまま三菱重工業長崎造船所に持ち込み作ったらしい。厚さ40cm(?確か)の鉄板やら他の材料、砲塔砲身も、呉海軍兵工廠から支給され、まったくのコピーのようだ。船って、どんなに大きくともコピーして作れるんですね。それだけ海って広くて制約がないってこと?
それに比べて建築きたら、住宅でさえコピーできない。そういえば一つあった!日建設計の千葉ポートタワー(1986年)、福岡タワー(1989年?)、秋田ポートタワー・セリオン(1994年)は同じジャンと思っていたら、よく調べてみると違いました。平面形状が、ひし形、三角形、星型と、違っていました。広い敷地にぽつんと建つタワー建築でも違うんですね。
戻って、大和と武蔵の違いは、官営と民営の違い。
それと、作り方の違いがある。空掘りドック(乾ドック)と船台式ドックがあって、呉海軍兵工廠は前者、三菱重工業長崎造船所は後者。後者は地上の斜めの船台で作って、最後は一気に海にすべり落としちゃうと言う方法。馬鹿でかくて、止まらすぶち当たらないよぷにするにはどうするか、木製の船台は最後までたえれれるかなど、大和とは違う問題があったようだ。それに、造船所の地形の問題もあった。長崎は周辺が山で囲われ、よく見える。そこには住宅地が形成され英国の公館もあると言う。その上で巨大戦艦のの建造を隠し秘密とでよ!と言うのだから海軍の今考えると尋常ではない。
これを解決したのが、ガントリークレーンを利用して棕櫚製のスクリーンを取り付けることであった。わらや布など様々な材料でも試したようだあるが、風圧・耐久性・防炎性能を実験し棕櫚縄を選択。これで、冒頭の棕櫚の話が見えてくる。さらに作る前の話では、戦艦受注まえの、さらにその戦艦の仕様が機密で、なにやらとてつもない戦艦のようだという話の段階で、ドックの基礎を補強し、岸壁を整備するのである。ここまでしないと役所の受注は取れない?これは、いまも変わらないのかもしれない。
いかに作るか、と言う執念。これは、建築で言えば、ゼネコンの本領発揮の部分であり、ゼネコンの本分でもある。ここら辺は、日本産業界の伝統的強みなのかなとも思う。
変わって、設計の話に目を向ける。
設計そのものの記述はあまりない。武蔵は大和のコピーなので、設計の話となると大和の話となるから当然なのでしょうが。しかし、軍縮会議で艦船の製造中止が決まり、建造中の土佐が、砲撃標的実験の的となり、その実験の結果、海中部分の側壁を厚さ40cmの鉄板とした話には、鉄板の厚さ自体が驚きであったし、廃棄艦をただくず鉄とせず実験体として利用して、その成果を出していることには、なるほどと思った。また、防水隔壁も細かく作られ、一つの隔壁が破壊されても注水のよるバランスが取れるようにしてあったり、スクリュー・舵を放して設置し、一つが壊れてももう一つが生きるようにデザインされいする。さらに、巨大主砲の風圧に甲板上のものは耐えてないため、付随する小型艦艇・偵察機は船体内部に格納されていたり、甲板上の銃器は風圧シールドが取り付けられていたりする。
設計上は誰をもうならせる当時の設計なのだろうと感じた。かつて作ったプラモを思い出し、なるほど!って。
しかし設計の記述の多くは、いかに設計の機密を保持するか。呉から送られた図面は、所定の部屋から外には絶対出さないようにされていた。無論、製作で必要な部分の製作図は作成するのだが、全体がわからないよう作成され、それも厳しく管理・回収されていた。
そんな中、図面担当配属の優秀な少年が、その図面1枚を、単調でプレッシャーのかかる作業のなか、いたずら心にその図面1枚を廃棄してしまう。大問題となり、この少年は誰も知らないうちにこの工場を去らされたと言う。
そんな少年も戦争犠牲者なのであろう。私自身、公共建築に携わった祭、コピーやさんへ青焼きを外注したら、そこから図面情報が漏れたかもしれない、と言って、上司から大目玉を食らった経験を思い出した。こんな比ではないのだが、設計の情報機密の大切さを、思い出されたシーンであった。
そんなこんなで浸水、偽装・内装を終え、引渡し直前となるのであるが、ここからが民営の本領発揮らしい。
艦船、それも2番艦であるがゆえ、大和の反省も加え、多くの偽装変更が行われたようだ。変更は、艦船の特徴でもあるし、役所工事の特徴でもあるのかもしれない、とも思う。
さらに大和改良型ともなるわけで、大和の上位の仕様となり、冷暖房や内装の仕様が高級化される。ここら辺は、民間の得意領域だあることは、今も昔も変わらないのであろう。
これにより、武蔵が連合艦隊の旗艦となる。それが海軍の規定の路線なのであろうが・・。
海軍に引き渡された武蔵、ここで気になるのがそのお値段。今まで製造の過程を見ていると、今の視点で見ると、値段はあってないようなものに思える。準備工事費・改装工事費も膨大、むろん本体建造工事費も膨大であろう。ここで、三菱は、民間は利益を得るのが商売として、海軍を相手に、改装費用も含めて、しっかりいただいたようである。流石三菱!恐るべし三菱!
その後配備された武蔵はあまりにもふがいない。
トラック等に係留されてばかりである。『武蔵御殿』・武蔵ホテルと揶揄されたとされるが、高級な仕官室の内装・冷暖房完備を考えるとうなづける。他にも、動くと図体がでかいく、それだけ油を消費してしまうので、燃料が貴重な日本軍は、本当に有効な作戦以外は動けないと言いう、事情もあったようである。
とうとう出た最初の任務も、輸送が主な任務で、それも、甲板に積んでいた荷物が・・流された!んじゃなかったかな。
そして最後は、レイテ沖海戦で、大和と共に出陣。旗艦として、アメリカ軍に徹底的にマークされていたのだろうと思うが、最後は武蔵が徹底的に集中攻撃を受けたのだ。7回にわたるアメリカ空軍の攻撃に対し、空襲に備え改修で増設した高射砲のシールドを密閉し待ち受け、攻撃が始まると同時に一斉射撃、その静から動の描写は圧巻であった。その悲惨さ故にである。魚雷の命中によって浸水するも、防水区画を利用しポンプでバランスを確保し、また、前述の工夫された舵とスクリューの配置により機関室の一部喪失しても、ある程度の運動性能を確保して、7回もの攻撃に耐えてことは、設計の意図を十分発揮し期待通りの戦いぶりともいえるのかとも思う。
しかし、またもや残念なのは1回目の攻撃で前部主砲射撃方位盤故障により、主砲の一斉連続発射ができなくなった。結局、最後まで肝心の主砲は、航空機攻撃の効果は別として、ほとんど使うこともなく武蔵は最後を迎えたのであった。設計コンセプトであった主砲が、ほとんど使われずに終わる、なんともふがいない話ではないか。
ふがいなさでいうと、結局、大鑑主義と、航空母艦とその艦隊、レーダーシステムを含めた統合的運用がまったくできなかったことはに帰するのであろうが、こちらの詳細はは「失敗の本質」の方に詳しい。
ここで建築設計者の視点から見ると、武蔵の設計と艦艇製作力は、確かにすばらしい。一級品である。しかし、結局は、設計の前段の話し、「航空勢力の発達(後にはレーダーも加味しなければならないと思うが)により本当にこのような巨艦が必要だったのか」と言うことになってします。
設計の良し悪しもさることながら、その前段の、要求条件の整理で、製品の能力が決定してしまう。
いま大問題の福島第1原発であっても、想定外といっているが、結局どこまでを想定条件とする事としたかという問題であろう。どこまでを設定条件としたかにより、製品の性能はほぼ決まってしまうのだ。そして一度作ってしまうと、その設計前提条件を、根本的に変更するのは難しい。のらりくらりと設計条件を修正し、費用の許す範囲での修正しかできないのが、一般的であろう。原子力の場合、おいそれと原子力プラント事態を廃棄して、また作り直すこともできないので、さらに厄介なのだと思う。
「要求仕様の探求」こそが、重要であるのを改めて思い知らされる。「要求仕様の探求」の重要性は「要求仕様の探検学―設計に先立つ品質の作り込み 」(D・C・ゴーズ、G・M・ワインバーグ著)を是非おすすめする。
最後に書いておきたいのは、武蔵は沈没するも、沈没前に総員退艦命令がでて、実は2399名中、1376名が救出されている。艦長の冷静な判断があったように感じられた。しかし、生き残った乗組員は、フィリピンに配属される。一部は日本に送られようとするが船が撃沈され、フィリピンに残った将兵もマニラ市街戦で多くが戦死したという。生存者は結局、56名。
武蔵は、海軍で最も華麗な戦艦だあり、なんとも、痛ましい悲運の戦艦であった。そして、日本の戦い方を象徴する戦艦なのだろう。
この本は、読みやすくて、こんな僕でも2日弱で読了。歴史と設計のスタンスを改めて考えさせれれる1冊でした。・・感想文にしては長すぎ!!ですね。

 
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2010年8月22日日曜日

東条英機と天皇の時代 (上) 軍内抗争から開戦前夜まで

著者 : 保阪 正康

訳者 : -


整理番号 : 1035

分類 : 文学・評論 | ヒロシの分類 : - ,- | amazonランキング:918286

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ヒロシの書評:
「小説 田中角栄」-1.青雲編を読んで、続編があるかと思えばない。また父の本棚に眼をやると、今度はこの「東条英機」が目に入ってきた。
東條英機と言えば、太平洋戦争の主犯で「A級戦犯」。まあ、僕らの世代からすると、すでに歴史の人ではあるが、悪の権化のイメージが一般的であろう。
ところで岩手の人の自慢で、歴代総理大臣の出身県というのがある。「最も多いのは明治維新の主導地域長州の山口県で8人であり、東京都が5人、岩手県が4人で続いている。戦後は群馬県が4人で最多である。「歴代首相出身県」というのであるが、戦中派の人はこれに東条英機を加えて5人としてしまう。父が岩手だから・・と聞いていたが。
この東條を除く4人を見ている総理大臣の欲がありありで総理大臣になったイメージではない。米内光政の伝記でも、なりたくてなった感じでもない。鈴木善幸にしても、角副戦争が大平正義が総理につくが、急死を経て、総理の座が転がり込んできた?やらざる得なかった、とイメージが子供ながら思った。東條にしても本当に自らが、先頭で回線への旗を振ったのであろうか?そしてどんな人物であろうか?そんな思いから、また読み始めてしまった。
読み始めると、これがなかなか面白い。
僕にしては、詳しすぎて・・たいへんなのですが・・印象的なことをいくつか上げると。
まずひとつに生い立ちと勉強方法の開眼。
先祖は南部藩に仕えた矧y師。(えっ矧y師?って感じですが・当時は知的回想だったのかもしれません。)南部藩のお家騒動と明治維新の中、父英教は生きる道を求めて軍隊に。父は秀才で陸軍中将まで出世し、陸軍きっての理論派なるが、長州閥との対立・濫ニして左官される。父が出世できなかった無念の思いが子英機に託され、軍隊一筋の教育環境にあったようである。
ところが英機は父ほど秀才ではなかったようで、苦労したようだ。ところが幼年学校か士官学校のあたりで「丸暗記」という勉強方法を習得する。教科書をそらんじるほどに暗記する。この方法で成績が見違えるほどアップ。これで東條英機の出世の道が開けたようだ。メモ魔東條、カミャ鞄捲鰍烽アの辺りが原点ではなかろうかと思った。
次に原理主義者ってこと。
もちろんイスラム原理主義社じゃないよ。天皇原理主義、明治憲法原理主義、軍人勅語原理主義っていうか、東条英機にそんな感じのイメージを受けた。「丸暗記」を征服した東條は、「軍人勅語」も完璧に丸暗記して、相手を論破するのに「軍人勅語」の一節を用いて、相手を打ち負かしたという。(いま手元に本がないので、記憶があいまいなのですが・・)このような手法・思考方法が東條の骨格となっていったように思います。
軍人勅語を、明治憲法、軍隊の天皇輔弼の原理、帝国国策遂行要領に当てはめ、決められて物がこうであるから、そう実行しなければならない、そう実行せねばならぬ、という思考。そのような考え方が、底流にはあったように感じました。軍人として教育され、それが当然、まじめな考え方で正義であるともいえると思います。(私の立場で考えると、建築基準法は守るのが当たり前、法律の内容は全て正しい・・と考えるように・・)
しかしそれは一方で、偏狭な思考となってしまったのではないかと思うのです。・・ウーン、当時の最高の頭脳が考えていることですから、偏狭というより、責任を原理そのものに投げてしまう思考がどこかにあったように思うのです。
その次に政治の体制・組織についてです。
今でも内閣総理大臣は内閣の取りまとめやら、党内の取りまとめやら、組織維持には大変そうです。でも、明治政府のトップの組織はもって煩雑って感じを受けました。今と同じ内閣と内閣総理大臣がいて、その上に天皇がいる。さらに、軍部が強力な力を持っていて、総理大臣が嫌われて、軍から陸軍大臣・海軍大臣を出さないといったら、内閣は作れないといった感じ。軍は天皇を輔弼する役目があって、総理大臣抜きの天皇とのパイプがあるような。
さらにさらに、陸軍も海軍も、陸軍省・海軍省という政治的部署と、参謀局(陸軍は参謀本部・海軍は軍令部)という実際の部隊率いる部署に分かれていて、これも結高ネ駆け引きがある。実際の軍を率い、落Zの金も握り、もともと輔弼は参謀局に会ったらしいから、大変なのも伺える。
さらにさらにさらに、満州国もあり、これが本当の独立国であるのか、軍事的にはどうであるのかなども、どうも綱引きが続いていたらしい。
そんなことで、人事・組閣、重要議題についても、調整・調整そして駆け引き・・って感じ。要職者ののスタンドプレーや私的見解での情報の見誤りもあったり。重要議題について、腹を割って議論を進めた結果とは言いがたく、そんなこんなでなんとなく三国同盟・米国との交渉決裂・中国をそのままに南進政策に進んだのもいがめない。
個人の問題だけでなく、この複雑な決定機鴻Vステムが悲劇をもたらしたとも感じました。
今も昔も国の要職にある秀才でも人間関係はもつれてばかり・・
これも、印象的です。秀才の軍人の中でも肌に合う、合わないって結うのがあるんですね。陸軍の長州閥は当初大変だったようで、最初は、この閥を解体しようと仲間も、長州閥が薄れると、仲が悪くなったり。満州事変の首謀者といえば板垣征四郎と石原莞爾。二人とも教鞭派のイメージで気が合いそうなんだけど、結局反目しあっている。板垣征四郎は、岩手出身で、リベラル派の海軍大臣米内光政とは盛岡中学の同級で仲が良かったり。石原莞爾は、東條と反目からはリベラル的扱いで描かれていました。昔も今も変わらず政治家同士でもそうみたいだし。
国家の最高決定機関であっても、人間関係の好き嫌いはあるのですね。秀才たちであっても、理論や理性は、感情に勝てないのかなとも思いました。
システムや環境に問題の論拠を置く視点は必要と書きながら思ったのですが、東条英機の個人の問題はどこにあったのかもやはり考えなければならないことだと、ここで書きながら感じました。
ここまで考えるには、きっとこの本の後編の太平洋戦争開始から終戦・判決まで、読まなきゃいけなさそうです。前編を読んでの頼エですが、幼年期からの軍人となることに徹し教育され、また、父へのコンプレックスが、広く人材を求め組織していく外向きの性格ではなくし、自己完結的性格で周辺の人材も都合の良いものだけが集まってしまったこと。さらに前に触れた、原理主義的思考が、当時の組織・環境のハンディーはあったとしても国の指導者として見識としてもいささか狭いものとしてしまったこと。原理主義的思考が軍人勅語教条主義を拡大し、精神主義による玉砕戦法へと導いてしまったのではかかったかと卵ェするのです。
さらにこの玉砕戦法は、一方で軍人としてドイツから学んでいた理性的思考の国家総力戦という近代的戦法と皮肉にも一体となり、被害は想像をはるかに超える結末となってしまったのではないか・・と想像するのですが。
いずれ、後編も読んで見なきゃと思ってます。
建築家の感想文としては書きすぎですね・・
教科書やテレビでかいつまんだ評価済みのことを頭に入れるのもいいけど、少し詳しい全体像をつかむのにこの本はいいように感じました。(歴史家から見ればあくまでイントロでしょうが・・)でも面白いと思います。本当の評価は、歴史家の判断にゆだねるべきかもしれませんが・・。
デモね、自分で考えてみたくなるのが建築家の性なんですね・・


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小説 田中角栄〈上〉 (徳間文庫)

著者 : 邦光 史郎

訳者 : -


整理番号 : 1034

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ヒロシの書評:
夏休みに帰省。ノートパャRンは持ち込んだものの、なんとなく仕事ははかどらず、父の本棚から引き出して、読みました。
設計の仕事をゲットする営業はどうすればいいのか、そして、人脈の広がらない悩み。そんな僕とは、正反対の人物であろう田中角栄が、なんとなく気になったのでした。
僕の世代からすると、田中角栄といえば、ロッキード事件。子供心に、報道は悪の権化みたいな扱いの感じだったと言う記憶だ。大学に入っても田中角栄がらみの仕事は絶対しないと豪語するやからもいたとか・・そんな時代であった。
そんな僕も、勤めた設計事務所は、小佐野賢治氏の国際興業とのかかわりの深いところで、・・報道と現実のギャップをなんとなく受け入れる感じですごしてきた。
デモね、政治と裏献金の問題は、ロッキード事件以降も相変わらずだし、さらに拡張して考えると、法律や補助金だって特定企業の思うままに操られ、その結果、特定の企業や特定の団体に、補助金やら商売上の優遇が与えられて、何億何初ュ何百億の利益を得ているといういると思えば、それもたいした事のないように見えてしまう。
たぶん、そんな思いから、むしろ田中角栄の生い立ちを見てみたくなったんだと思う。
何せ、「日本列島改造論」をあらわし、建築士の制度をつくり日本の一級建築士第1号(・・確かそういう記憶なのですが・・)で、戦後日本の建設土木開発の権化(また権化ですが)のような方ですから。

前段が長くなりました。
でも、以外というか、田中角栄の若いころの話を読んでいると、すごく好感が持てたのです。
子供のころ角栄氏の総理大臣の映像を見ていると、戦争に行っているなんて、なんだか想像だにしなかったのですが、徴兵されて満州まで行ってるんですね。
そして、描かれているの角栄氏のラッキーさと、要領のよさ。この要領のよさって言うのは、嫌われながらもずるがしこいのではなく、頭が良くて、人懐っこいく、人に慕われる(重宝される)事から来る要領のよさ。ま、うらやましいです。
ラッキーというのはすごくて、徴兵後の満州でラッキーにも病気で兵役を離脱、その病気も生死ををさまよいながらもラッキーにも無事回復。回復後は、建設会社の娘と結婚し、建設会社社長へ。その建設会社は戦時中も、官庁の軍事施設を請負会社は順風満帆。
またもや軍事関連工場建設のため満州へと行く事となるが、そこで終戦。普通はここで生死をさまようパターンもあろうが、悠々船で帰国。それもカクエイの乗船名簿の名前を女性と勘違いしたため、いの一番い乗船させられたという。恐るべし。
戦後になると、どうも建設会社の規制があり建設会社の数自体制限されていたようであるが、戦前の官庁工事の実績から指定の建設会社となる。全国焼け野原の状況であるから、指定の建設会社となれば、おいしい仕事がどんどんゲットできたのは想像に難くない。
要領のいい性格から、民間の企業の人脈ともつながり、また、神楽坂では芸子にモテモテと、・・・ウーン、男にしては、バブル期以上に、うらやましい限りである。
また、戦後まもなくは、政治的にもまだ、混迷の時代。佐藤栄作・田中角栄=自民党って感じで、もうそれは決まりきってること、って子供心にテレビを見たいたけど、思えは戦後、自民党ができるまでは、政治的にも混迷の時代だったのですね。
何せ、読んでいるとGHQ内部でさえ、左派・社会党容認派の民生局(GS)と、右派系のG2(参謀第2部)があって、まだてんてこ舞いだった。
そんな時代だから、金に融通の聞く田中にご指名が上がった。選挙だって田中がはじめて立ったのは、戦後はじめての衆議院選挙で、女性の参政権もはじめてなのですから・・めちゃくちゃだった。
選挙は楽勝だったはずが、裏切り行為あり、などで、雪の中の選挙戦、弁論会場の参加者はゼロのところもあったり、始めての選挙は時点で落選してしまう・・。そこに、田中角栄の政治家魂に火がついた・・・のだとか。
てな事で、2回目の選挙では、当選し、田中角栄代議士が誕生したのだと・・・

今から考えると、すごい時代だったのですね。
ぐちゃぐちゃした時代だったからこそ、エネルギッシュな田中角栄が生まれれきたのでしょうね。
それに比べると今は何もかにもが整ってしまって、・・特に建築関係は・・というのはいがめない。
とはいえ、ITで明らかにある面では時代が変わっているし、何といっても田中氏の人付き合いのうまさ、要領のよさは、学ばなければならないなー。
学んで、学べるものじゃないかもしれないけど・・努力しなきゃと思ったよー。
それと、やっぱり運ってのが、人生には決定的ではあろうって思った。でも、これだけはしょうがない。逆に言えば、いま運がないのは、自分のせいではないって事。しょうがない、笑い飛ばすしかないね。
学ぶべきは、考えてばかりいないで外に出ろ!って、今の僕に言い聞かせました。


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2010年7月6日火曜日

クリストファー・アレキサンダーの私の概論

クリストファー・アレキサンダーは、学生のころから気になる建築家・都市計画家・理論家だ。
大学院での加藤研究室では、"Pattern Language","The Linz Cafe"の原書の読書会が定例であった。加藤先生は、「優しい英語で書いてあるから読みやすいよ」とは話されていたが、語学が大の苦手である私は、興味があるけど、しんどいのであった。
当時の助手は、いまや東大の教授の西村先生。当時は町並み保存の研究をされていて、西村先生も付き合っていたけど、アレキサンダーの理論は、町並み保存を生かした町づくりにも有効な手法と考えれれていたと思う。
僕にとって、アレキサンダーの魅力とは、デザインそのものを論じているのではなく、デザインの手法、デザインのプロセス、デザインの構造・成り立ちを論じていることにある。デザインのうまい・下手、デザインのスタイルなどはどうであれ、あるデザインの手法・プロセスを経ることで、ある構造・デザインのシステムが組みあがる。
その構造・システムが、共有する「美しさ・心地よさ」を生み出す。逆に、共有すべき「美しさ・心地よさ」をもたらす、構造・システムを考える。そのような視点がアレキサンダーの魅力ではないだろうか。
そこで、私の読んだアレキサンダーの著作の書評・感想文をと思ったが、その著作は結構多いので、その前に氏の著作の一覧を整理しておこうと思う。

<初期の著作>

<環境構造センターのシリーズ>

<最近の著作 環境構造センターのシリーズ>
THE NATURE OF ORDER: FOUR BOOKS:
  • BOOK 1: THE PHENOMENON OF LIFE
  • BOOK 2: THE PROCESS OF CREATING LIFE
  • BOOK 3: A VISION OF A LIVING WORLD
  • BOOK 4: THE LUMINOUS GROUND

<初期の著作>は、実は先端デザイナーから注目を集めていたらしい。「建築はツリーではない」は論客・磯崎の本でもちょくちょく言及されている。ピーター・アイゼンマンも「形の合成に関するノート」を指導教授から「こんな凄い論文がある」と、叩き付けれれたとかどこかで読んだ。
<環境構造センターのシリーズ>は、ひとつのピークであろう。特に「パターンランゲージ」はその最も高き峯であろう。しかし、建設業界・デザイナーからは、大きな溝を抱えることになる。
<最近の著作 環境構造センターのシリーズ>は、私の未知の領域であるが、サイトで見る限りは、計画手法から、視覚的デザイン領域に踏み込んだように思える。時間があれば読んでみたいものである。

ここで、アレキサンダーの思考に欠けていることがあるとすれば、欲望としての建築・建設に視点。資本主義経済成長の道具としての建設行為としての視点であろう。彼はあえてそうしているのだろうが・・
しかし、あえて批判的に考えると、そもそも人は、「美しさ・心地よさ」を求めて建設・建築を求めているのだろうか。
現代資本主義社会で、求めれれる最終目標は、欲望。欲望を、夢と言えばカッコがいいが、夢とは、自己実現への欲望。つまり、自己評価の最大獲得が、最終目標である。さらに自己評価の最大獲得は、金(貨幣)に置き換えられる。つまり建築・都市は、金(貨幣)で評価される自己評価の最大獲得の手段でしかないのではないかという疑念である。
さらに、現代資本主義社会では、建築都市は、単なる資本主義経済循環のための商品に過ぎなくなっている。消費を促す程よいデザインが唯一の目標である。特に、日本では、造っては壊す日本式建設業の体質が、社会的・文化的・知的財産の価値も含んだ資本のストックの形成ではなく、建築都市であっても耐久消費財であり、経済循環のための道具でしかない。
このように考えると、アレキサンダーの社会的要求と定義した「美しさ・心地よさ」は、社会の要求・目標ではなく、社会の共同幻想にもなっていない。このような点が、アレキサンダーの理論的面白さ、社会思想的意義は感じるものの、特にグローバル化が進んだとされる近年、広く一般社会に受け入れられない点ではなかろうか。

こんなことを書きながら、あらためてウィキペディアで、アレキサンダーを探し、そこから「パターン・ランゲージ」のサイトを見つけて、入ると、凄い。
登録すると、パターンランゲージの詳細が見れたリ、解説もびっしり、こんなこと書かなくとも、概要・それ以上のことがばっちり。
盈進学園の写真もあったりして、完成当時訪れて、感激したのを、思い出しました。その頃も、デザイナーからはモダンデザインではない盈進学園は、やはり見向きもされない・・でも、空間構成に僕は引かれたのを思い出すのです。
そして、このサイトを眺めていると、このような路線もありかな・・と思うのでした。
ぜひ、サイトを眺めてください。写真だけでも面白いですよ。

アレキサンダーの思考過程・人生を考えると、それにダブル建築家がいる。イワン・レオニドフ!(Ivan Leonidov: The Complete Works)
ロシア構成主義の建築家。まったく違う!!と叱られそうですが、先端からデザインが大きく変わるその思考過程は、僕には、どうしてもダブってしまう・・・詳しくは機会があれば。

    

2010年4月16日金曜日

もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら

著者 : 岩崎 夏海

訳者 : -


整理番号 : 1033

分類 : 社会・経済・経営 | ヒロシの分類 : - ,- | amazonランキング:6

amazonで見る(右タイトルをクリック)) タイトル:もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら

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ヒロシの書評:
ジム仲間のチナちゃんから「ヒロシ、読んだほうがいいよ!」って、この本を貸してもらって読みました。
チナちゃんは、自分でリンパマッサージのお店をしているから、ジム帰りに飲みに付き合って、「ヒロシ、もうかってる?・・」なんて言われて、話をしています。そんな、チナちゃんは、ぼくより15歳も若くて、でも「へー、そんな本読んでるんだ!」って思って借りました。
ぼくも、ドラッカーを少しはかじっていて、新訳 現代の経営 (ドラッカー選書) と ポスト資本主義社会 -21世紀の組織と人間はどう変わるかは、読んでいます。で、「ちょい、ちゃらけた本だな」って、思いつつ、人生川の流れのままに派なので、まあ読んだのです。


「ストーリーも、ドラッガーの「マネジメント」実践して、弱小の公立高校が甲子園に行く、なんて、随分出来すぎた、題名どおりの話なんですね。題名どおりちゃらけている。だいたい、本のとおり実践して、成功したら、そんな楽なことはない。本を読んでも、なかなか実践できなく、悔しい思いをしている人がほとんどなんですから・・それも経営の話じゃなくて、甲子園だなんて・・ふざけている!?」
と、思うのですが、でも読んでみると、違って面白い。
ひとつに、ドラッガーの「マネジメント」の実際の文章を、野球部のマネジメント的活動にあわせて、丁寧に説明していることだ。
活動の論拠が全て「マネジメント」によっていることだ。案外、「マネジメント」のような経営書は、「当然だろう」って言うことが書いてあるし、事例も実際の経営の話だろうから、思わず、読み流してしまうことも多い。このように実際に即して、どう解釈するのか、読み解いているところが、すごいよ。主人公のみなみも「マネジメント」をボロボロになるまで読み込んだようだから、著者も随分読み込んだろうと思う。
また、逆に考えて、日本の高校野球部で、ここまで、論理的に行動しているところがあるだろうか。それも当事者の高校生自らの行動によって・・。高校野球というと、ながーい練習時間、きつーい練習。もしくは、ある優秀な指導者が、隅から隅まで指導しまくった結果。というイメージが、ぼくの年代には付きまとうのではないだろうか。しかし、2007年佐賀北の優勝、2009年には野球最後進国岩手の花巻東が準優勝となる時代である。読んでると、なんとなく「あり得る!」なんて思ってしまうのだ。「マネジメント」をとおして日本の高校野球の課題を、浮き出させているようにも思える。
もうひとつに、意外と面白いストーリー。最後は同級生の夕紀が、決勝戦直前に亡くなってしまって・・・でも、優勝という、思わず泣いてしまいました。まあ、定番・・って、言えそうですが・・
岩崎先生、「意外と」「定番」なんていって、すみません。でも、本当に面白かったです。


読み終わって、「自分への反省」と「勇気」が入り混じっています。
ぼくは、高校時代ガリ勉の領域でした。たいした出来るわけないのにね・・。我が母校高校(岩手県立黒沢尻北高校)は創立80年も超えるのに甲子園出場なし。最大のチャンスのひとつが私が3年生のとき岩手大会で決勝まで行ったのです。・・うーん、でも、そのときさえ応援に行かなかった冷めている僕がいた!!そして、大学もスキーと個人スポーツ。
仕事も、われが一番とって入る設計事務所ですから・・そして今の僕の悩みがなんとなく社会という組織からの疎外感、限界なのですから・・。そんなわけで、「マネジメント」と組織というのが、私の今に厳然として立ちはだかる、課題というものなのです。それを、この本にあらためて、突きつけられたように感じました。
でも、この本を読んでいると「高校野球」という比較的に身近なテーマが、「やれば出来るかも」という思いにさせてくれます。
最後に「あとがき」がまた面白かった。
これって、作者の方が、ドラッガーの「マネジメント」を読んで、「こんなストーリーの小説があったら面白い」とブログに書き込んだら、編集者の目にとまって、実現したとの事。それも、この時点でamazonランキング6位ですよ。それと著者は芸大で建築学科出身・・大学は違うけど同じ学科。・・うーん、人生どう広がるかわかりませんなー。(とはいえ、裏にはいろいろあるのかもしれませんが・・)
僕も、営業と人間関係がんばろうって、「勇気」もらいました。チナちゃん本ありがとう。読み終わったので、返しますね。

参考


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2010年4月12日月曜日

思考の整理学

著者 : 外山 滋比古

訳者 : -


整理番号 : 1032

分類 : 人文・思想 | ヒロシの分類 : - ,- | amazonランキング:21

amazonで見る(右タイトルをクリック)) タイトル:思考の整理学 (ちくま文庫)

写真案内・文庫・再販:

ヒロシの書評:
超ベストセラーって聞いて、ブックオフで平積みされていたので、まあ、読んでみるかと購入。
KNOW,HOW本でしょ、基本は! 知ったところで、なかなか出来ないんだよね!なんて読んだのですが。

先生、よく寝なけりゃ、駄目なんですね。
寝かせないと、アイディアも、人間の頭も。
それに、グライダーから飛行機へ! 自分でコントロールして動くものを、生み出すのって、大変なんですよね。
時間がかかるんですよね。
生み出せないで、悩んでいる僕。少し救われました。

でも先生、原稿のネタ帳を、整理して、年に一冊つくり続けているって、すごいです。尋常じゃなかなか出来ないです。

デモ、でも、先生のこの本の言葉、信じて、がんばります。(もうすぐ50歳の建築家)
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